自然繁殖は大変だ!
動物の繁殖に関して整理しました。
嬉しい、楽しい、けどしんどい動物繁殖 - 動物園の飼育員になりたい君へ
それぞれ、自然繁殖と人工孵化・人工育雛を少し深堀していきたいと思っていまして、本日は「自然繁殖の自分の経験を振り返り、大事だったなぁと思うことを整理してみた」という内容をお届けしたいと思います。
復習として自然繁殖とは、動物自らが仔育てをする繁殖です。そんなの当たり前じゃん、と思うかもしれませんが、動物園という環境ではどうしても育児放棄ということが起こってしまいます。
そうならないためにも、飼育員は事前にできる限りの心配要素を潰していき、動物たちが安心して繁殖行動に専念できるような環境を作るというアシストをしていきます。
仔が生まれてからは基本的に見守る以外の選択肢はありません。産まれる前にあらかたの勝負が決しているといっても過言ではありません。悔いの残らないようにできることはすべてやっていきましょう。
自然繁殖の準備
動物の繁殖といっても動物種によってアプローチは全然違います。
全く何も出産する雰囲気を出さずに、ある日突然仔を産んで、平然と仔を育てる種もいます(ほんとは準備していないとだめなのですが、妊娠がわからない種って本当にわからないんですよねぇ。ある日の朝、動物舎に行って「生まれてるやんけ」と驚いた経験が何度かあります笑)
そういった動物ばかりであれば楽ちんなのですが、神経質になる動物のほうが多いですね。飼育員としての腕が試される場面です。
そういった神経質な動物たちのために飼育スキルとして
動物たちの状態を作る
快適で安心できる環境を提供する
という部分を、考えていきたいと思います。
動物たちの状態を作る タヌキを例に
闘いは日常から始まっています。
常日頃から動物たちのことをしっかりを把握、管理することができていることが繁殖の必須条件です。必須といっておりますが、動物たちの繁殖に適した状態にはある程度の「幅」があって、意図せずその「幅」内に収まっていて問題なく繁殖するということもあります。
しかし、それは技術ではありません。
再現性のある技術として繁殖を取り組むために、一つ一つの自分の行動に意味を明確にし、思考を組み立てていきましょう。
動物の状態を作るというのは、飼育環境の精度を上げ、動物の体の状態と相性のいいペアリングの組み合わせを作っていくことになります。
体の状態
これまた動物種によって変わってくるのですが、本日は日本に生息している動物のタヌキを例に考えていきます。
日本には四季があり、動物たちはその時の環境(温度や日照時間)に合わせて暮らしています。夏になれば夏毛に、冬になれば冬毛に体を変化させていきますね。
その変化の一つに、体重があります。
寒い地方では特に顕著ですが、冬になると寒さと十分に食べ物を得ることがでいないことから脂肪を体に蓄え体重を増加させます。
おぼろげな記憶ですがニホンザルでは、実験室の一定の温度、湿度、日照時間という環境で一年中飼育していても、季節に合わせた体の変化があった、という報告を聞いたことがあります。体の中に、DNAに刻まれている変化なんですね。
そういった動物たちの身体の変化に飼育方法を合わせていく必要があります。
以前、タヌキの飼育担当をしていた時に、『なかなか妊娠しないなぁ~』と考えていました。ある日『ん、季節によって体の変化をできるように秋口にたくさん餌を与えてみようかな』と考え、実行してみました。
すると、秋口に食べるだけ食べて、体がまん丸になったタヌキは、冬には採食量が減り、活動量も低下しました。そして、春先に巣箱で出産をしたのです。動物たちの身体の変化に合わせた飼育を行うことで、繁殖の準備が整い、準備が整ったことで繁殖に至った、ということだと思います。
当たり前といってしまえばそうなのですが、動物たちに合わせる飼育、を行うことの重要性を再確認した出来事でした。
しかし、その出産はうまくいきませんでした。子育てができなかったんですね。ハラハラしながら見守っていたのですが、ある時から子供の泣き声が聞こえなくなり、最終的には親が仔を処理していました。
タヌキの繁殖の続きは「快適で安心できる環境を提供する」で記します。
ペアリング
個体の身体の状態が一つの要素として次は、繁殖相手とのペアリング(相性)です。
動物園では、たくさんの個体を飼育することは難しいです。スペースの問題もありますし、食費など予算的にも厳しいのが現実です。特に希少種は入手することら困難です。ホッキョクグマを10頭飼育(海外にはそんなダイナミックな動物園があるのかもしれません。)している園館って聞いたことないですよね?
ですので、相性がいいペアリングができるかどうかは、ある程度「運」の要素が入ってきます。当然ですよね、人間でも突然知らない人に「はーい、この人と結婚してくださーい」といわれても、無理な相手では無理ですよね。
動物たちも当然同じで、ペアリングがうまくいかなければ繁殖に至りません。ですので、さまざまな動物園が協力してより多くのペアリングができるように連携してブリーディングローン(所有権はそのままに無償で動物を貸し出す)での動物移動を行っていたりします(最近ではゴリラなどで群れ飼育が繁殖のために重要だとして、拠点の園館に集める試みも行われて繁殖という結果にも繋がっています)。
タヌキに関しては自園である程度の個体数を確保することができましたので、オスとメスでとりあえず一緒に飼育してみて、仲がよさそうなペアの選定を行いました。
仲の良さそうなペアというのは抽象的ですので、具体的な行動として、なめ合う、一緒に丸くなって寝るといった、当たり前ですがそういった「いい感じ」な行動が確認されました。
動物種によっては相性が悪ければ血みどろの争いが起こる場合もありますが、運のいいことにタヌキでそのようなことはありませんでした。
さて、動物の状態を作り、仲のいいペアリングができました。しかし、それだけでは繁殖の成功に至りません。
続いて出産と子育てをしていく環境を考えていきたいと思います。
快適で安心できる環境を提供する タヌキで実際に
【体の状態】のつづき
繁殖に失敗した時は、とんでもなくガッカリしました。しかし、ガッカリしていても前に進むことはできませんので状況を分析し、どのような部分がダメだったか考えていきました。
産箱
巣箱に関しては、タヌキは使ってくれていました。巣箱の大きさに関しても問題なかったように思います。
ただし、巣箱は一つしかいれていなかったのでそれを選んだのか、それしかなかったから選ばざる負えなかったのか、はわかりませんでした。
人の影響
この点が一番ダメだったのではないかと考えました。飼育している場所は展示場です。つまり人間(来園者)の影響が出てきます。もちろん一番影響を及ぼすのは飼育員です。
影響を低減するために、放飼場の一番奥に巣箱を設置、巣箱の壁を2重にして防音仕様にする、などを行いましたがダメでした。
ここは大きく舵を切って、来園者の見えないバックヤードでの繁殖に切り替えることにしました。
改善結果
タヌキの季節に合わせた状態のための飼育、繁殖に必要な静かな環境、この2点の変更を行い、再度繁殖にチャレンジしました。
その結果、無事に繁殖に成功!
親の様子を確認しながら、タイミングを見て仔の体重測定を行い、実際に見たタヌキの仔は信じられないくらい愛くるしいものでした。いろいろな動物の仔を見てきましたが、個人的にはタヌキの仔が今のところランキング1位です。
成育途中に特段トラブルもなく無事に仔は育ち、無事にタヌキの繁殖を終えることができました。
おわりに
以前の記事で自然繁殖はできることが限定的と書いたのですが、限定的とはいえこういったことを2年3年と地道に取り組む のが飼育員の仕事です。
心残りといえば、是が非でも繁殖を成功させてあげたかったので来園者が見ることができないバックヤードで行ったこと。
やはり、動物園という場所は、動物たちの営みを見てもらって初めて存在できる場所です。本当は展示場で繁殖ができるのがベストだったのですが、自分の飼育技術の低さが原因でそれが実現できなかったと後悔が残っています。
今はもうタヌキの担当を外れてしまいましたが、いつの日か、放飼場で繁殖できる環境を再現できる技術を携え、再度チャレンジしてみたいな、と思っています。