飼育員になりたい君へ

動物園の飼育員になりたい君へ

とある動物園で飼育員をしています。いつの日か動物園で飼育員として働きたいと思っている人に向けて書きます。

嬉しい、楽しい、けどしんどい動物繁殖

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本日は「動物の繁殖について考えていたら自分の本心に気づいて笑っちゃった」という内容で記していきます。

 

動物園の飼育員をしていると「仕事でどのようなことが楽しいですか?」と取材で聞かれることが多いのですが、記者さんが求めている回答みたいなのがあって「やっぱり動物が生まれるのがうれしいですね」と答えざる負えない場面があります。

 

そんなことを何度も経験していき、「なぜ相手の作ったストーリーにのっかっているんだ?」「自分の素直な気持ちはなせばええやんけ」と勝手に整理して「やっぱり動物を幸せにすることですかね」と答えるようになり、抽象的過ぎて記者さんが「?」的な顔をするので、「具体的には動物たちの生活を豊かに・・・」のような受け答えをするようになってしまいました。

 

正直、動物の繁殖はうれしさより心配が勝るんですね。どんなに自分ができることをやり切ったとしても、トラブルを完全に0にすることができません。なので素直に繁殖=うれしいって答えることができないんですね。

 

また、「動物の繁殖」というのはひとつの出来事でしかないと思っています。一つ一つの細部ではなく、動物の一生が豊かである→その一つに繁殖も正常に行うことができる、というのが私の思う動物園の飼育員の仕事なのではないかと。

 

  • 動物の一生が豊かである→繁殖を正常に行うことができる
  • 動物の一生が豊かである→環境エンリッチメントが充実
  • 動物の一生が豊かである→健康に配慮された生活

 

といったトータルでの管理こそが飼育員の本質的な部分なのではないかと思います。

 

本日は、繁殖をテーマにいろいろと思考していきたいと思います。

 

 

 

繁殖とは?

動物園での繁殖には種類があります。

 

  • 自然繁殖(介添え哺育含む)
  • 人工繁殖
  • 人工哺育・人工孵化・人工育雛

 

それでは一つ一つ見ていきましょう。

 

自然繁殖

自然繁殖という言葉は、少し不自然ですよね。動物園という飼育環境ならではの言葉になります。自然界で自然繁殖以外の繁殖は当然ありません。動物園だからこそ、飼育員がいるからこそ「自然」以外の選択肢が登場します。

 

自然繁殖とは、自然に繁殖する、つまりその種の親が、出産や産卵を自ら行い、親自身が仔育てをすること指します。家畜動物とは違い、野生動物は基本的にすべての繁殖活動を自身のみで行います。ですので、飼育員のできることはある程度限定的です。

 

動物がいかに出産、産卵に集中することができるか、仔育てをするのに集中できる環境を作ることができるか、というのが飼育員の仕事です。動物種によって必要な環境が違い、また飼育している動物舎もそれぞれの動物園で違いますので「これをすれば絶対大丈夫」といった答えがあるわけではありません。飼育員としての経験に基づいた勘とスキルが繁殖の成績に大きくかかわっていきます。

 

また、繁殖のためにさまざまな工夫も集積されています。

 

聞いた話で、ツル類はオスの生殖器をメスに挿入せず、精子をメスの生殖器に目掛けて射精します。その時に受精の可能性を少しでも上げるために、メスの生殖器周辺の羽を切り(!?)、生殖器を丸出しにして繁殖に臨む、という試みもあるようです。

 

どのくらい確率が上がるかなどのデータは全く覚えていないのですが、メスにとっては大変迷惑な話です。しかし、飼育員は大まじめに、真剣に何とか繁殖してもらいたい一心で、あの手この手を考えている取り組んでいるエピソードですね。

 

介添え哺育

類人猿で多いのですが、出産まではしても母親が仔育ての仕方がわからず、育児放棄してしまう場合があります。

 

そのような場面を想定して、事前に動物と同じ空間に飼育員が入ることができる関係を構築しておき、仔を母親の乳首に誘導して吸い付かせる、など母親が子育てのスタートするための援助を行う方法です。

 

ここでそのまま母親が育児をすれば自然繁殖に繋がりますし、母親が育児をしなければ仕方なく人工哺育に切り替えます。

 

 

人工繁殖

僕も勘違いをしていたのですが、「人工繁殖」と「人工哺育」や「人工育雛」は違うんですね。昔、獣医さんに教えてもらいました。広義の意味では一応「人工哺育」や「人工育雛」も含まれるようなのですが今回は別々に区分していきます。

 

人工繁殖とは

という技術的なアプローチで繁殖を目指していく方法です。繁殖適齢期の動物が複数年ペアリングしても繁殖しない、といった自然繁殖が望めないと判断した場合に取り組みます。 

 

この分野は、飼育員と獣医さんと連携して取り組む必要があります。主体としては飼育員というより獣医さんが担う分野です。主体は獣医さんだとしても、自分の飼育担当動物が繁殖するという目標を達成するために、飼育員は動物の健康管理や行動観察記録といった日常管理をしっかりと行い、獣医さんとじっくりと協議・協働しながら進めていきたいものです。

 

 

人工哺育・人工孵化・人工育雛

人工哺育は哺乳類で、人工孵化・人工育雛は鳥類で、飼育員の手で仔育てを行う繁殖方法です。人工孵化は孵卵器と呼ばれる機械で卵を温めて孵化させること、人工育雛はヒナを育てることです。

 

人工哺育・人工孵化・人工育雛のデメリットとして、大人になったときに自然繁殖ができない可能性が出てくる、他園館で受け入れ先が見つからないといったものがあります。

 

人工哺育・人工育雛で育った個体が、自然繁殖を正常に行うことができない、と一概に言うことはできません。私も人工保育の個体が立派に自然繁殖をしている姿を何度も見ています。しかし、その可能性は人工保育・人工育雛は自然繁殖より高まります。基本的には自然繁殖が第一選択肢で人工哺育・人工孵化・人工育雛は第2選択肢となります。

 

また、上記の要素もあって、他の園館が受け入れを行わない、ということも考えられます。当然受けいれる園館は、動物が繁殖すること、繁殖する確率が高いことを望みます。そうなると人工哺育・人工育雛で育てた個体は、自園で一生飼育する可能性が出てしまう、というのも事前に考え、計画しておかなければなりません。

 

人工哺育・人工孵化・人工育雛に取り組むのにはいくつかのパターンがあります。

 

  • 母親の育児放棄によって
  • 繁殖技術と知見を獲得するため
  • 補充卵を活用した個体数増殖を目指すため

 

母親の育児放棄

 基本的には自然繁殖を飼育員は望みますが、初産などであると動物が行うことができない可能性は十分に考えられます。そこで、出産や産卵前から、人工哺育・人工育雛の準備をして備えておきます。

 

準備としては哺育器、孵卵器、育雛器のセッティング、給餌用の餌の選定と手配、過去の知見の収集といったことを行っておきます。

 

準備をしておいて使用しないがベストです。往々にして怠けて「まぁ大丈夫だろ」と油断しているときに人工哺育・人工育雛を行わざる負えない状態となり、バタバタで準備するということが起こってしまうので、油断せずに確実に準備をしておきましょう。

 

繁殖技術と知見の獲得

こちらは動物園だからこそでき、知ることができる貴重な情報を集める繁殖技術の確立のための研究的要素が強い人工哺育・人工孵化・人工育雛です。

 

野生動物の野外研究では、仔がどのように成長し、生育するにはどのような餌と環境が必要か、というのを調べるのは非常に困難です。

 

動物園では図らずもそういったデータを採取することが可能です。成育データを得たり、適切な成育環境や餌を突き止めたりできます。

 

このような人工哺育・人工孵化・人工育雛の繁殖技術を確立しておくことによって、将来的にその種の人工哺育・人工孵化・人工育雛を行うときや近縁種の参考データになります。

 

また、将来的に絶滅危惧種になってしまい是が非でも繁殖して数を増やさなければならなくなった、そのような状態になってから繁殖技術を集積し始めていては間に合いません。事前に繁殖技術を確立しておくことで種の保存に貢献することが可能となります。まぁ、絶滅危惧種にならない、が最善ですがね。

 

補充卵を活用した個体数増殖

 こちらは人工孵化・人工育雛の技術を用いた個体数増殖を目的とした効率的な繁殖方法を目指す試みです。繁殖技術と知見を集め、確立した次のステージですね。

 

一部の鳥類には卵が割れてしまった場合「補充卵」と呼ばれる卵を産みたす行動があります。

 

この性質を利用して、最初に産卵した第1クラッチの卵を取り上げ、鳥に「卵がなくなった!また産まなきゃ」思わせ、第2クラッチにまた卵を取り上げて「うそ!またないじゃん(ごめんよ・・・)」、第3クラッチ・・・と産卵させ、1シーズンで本来であれば1クラッチ分の産卵しかしないところを、2倍3倍の数を産卵させる方法です。これにより、効率的に個体数の増加を図ります。

 

この時に、人工育雛で育てているヒナはその種本来のコミュニケーションの方法を親から学ぶ機会がありません。その対策としてローテーションで親鳥が育てている自然繁殖個体と交換して学習する機会を作る試みも行われています。

 

おわりに

飼育員として、最も動物と密度高く過ごすのが人工哺育・人工孵化・人工育雛です。

 

飼育員として本当にスキルが試される場面なんですね。なんせ自分の一挙手一投足が動物の命に直結し、自分の未熟さで動物を殺してしまう結果になってしまいます。

 

だからこそ本気で、必死になって動物と向き合う時間なので、個人的には飼育員の仕事の中でもっとも魅力的だと感じています。

 

あ、記者さんのストーリーのまんまじゃない笑

ただの天邪鬼笑