飼育員になりたい君へ

動物園の飼育員になりたい君へ

とある動物園で飼育員をしています。いつの日か動物園で飼育員として働きたいと思っている人に向けて書きます。

鳥を人の手で育てる技術①

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本日は「鳥類の人口孵化・人工育雛について知っていることを全部吐き出してみた」という内容について記します。

 

以前の記事で自然繁殖の苦労や工夫について書いてみましたが、今回は人工孵化・人工育雛について書いていきます!なかなか奥が深い分野です!

 

正直、人工孵化・人工育雛を経験することは、とんでもなくオススメなんですね!なぜかというと、飼育員として「命に対して向き合う姿勢」が大幅に変わるからです。もちろんポジティブな方向に、です。

 

というのも人工孵化・人工育雛というのは本当に技術勝負の世界です。運の要素がほとんどありません。雛の命を直接飼育員が背負うのが人工孵化・人工育雛。個人的な見解ですが、飼育員として人工孵化・人工育雛以上に本気で学び、あれこれ考え、試行錯誤して真剣に取組む仕事は他にないのではないかと思っています。

 

人工孵化・人工育雛の基本から実践まで私の知っている限りの情報をご紹介します。

 

 

まずは親鳥のペアリングと採卵

まずは、卵を確保するところからのスタートです。卵がなければ何も始まりません。

 

オス1メス1しか飼育していない場合、相性が悪かったら採卵することができません。何とかペアになってもらうための努力が必要です。

 

欲を言えば複数個体がいる状態で、それぞれの組み合わせの相性をみてペアリングを決定していきたいものです。もっと欲を言えば、血統管理をして遺伝的多様性を確保したうえで相性のいいペアを獲得することが理想的です。

 

現実と照らし合わせながらチャレンジしていきましょう。

 

相性の良し悪しは、動物のことをよく観察し、個体同士でコミュニケーションを取るのか、距離感は近いのか、といった部分に注目です。

 

上手いことペアリングを行う事ができ、有精卵(受精して発生する卵)を獲得することができるようになってから、人工孵化・人工育雛のスタートです。

 

孵卵器の準備

孵卵器はどの孵卵器を使っているかによって変わっていくと思うので、私の動物園にあった孵卵器ベースで解説していきます。使用していた孵卵器のメーカーは昭和フランキでした。

 

株式会社昭和フランキ

 

孵卵器の中は当然、清潔にします。可能な限り清潔にすることで、孵卵に関わる失敗要素を潰すことになるんですね。どこまでやれば良いかは、個人の感覚かもしれませんが、水拭き、アルコール消毒は行なっていました。正直、卵の免疫力もありますし、そこまで過敏になる必要はなく、滅菌室のような状態を目指す必要もありません。が、汚いことにメリットはありませんので、常識の範囲内で清潔にしましょう。

 

温度は、孵卵器に付いている温度計に加えて、市販の温度計を孵卵器内に入れてモニタリングしていました。正直、どの温度計の、どの数字が正しいのか迷ってしまいます。どれか一つの温度を基準にする、と決めて行なうのが良さそうです。

 

湿度は孵卵器の最下段に水バットを設置するのですが、この水の表面積の大きさで湿度が変わっていきます。湿度を下げたい場合は表面積を小さくします。バットを小さくする、バットに小さなプラスチックの板を浮かべ表面積を減らすなどで対応しましょう。湿度を上げたい場合はバットを大きくする、バット以外に水を入れることができる容器を追加する、などで対応します。

 

季節によって外気の湿度が上下し、孵卵器内の湿度が調整できない場合もあります。そのため孵卵器を設置する空間にはエアコンがあって環境を一定にできるのが理想的です。エアコンなんてない!という場合は、ある程度工夫をしてがんばってどうしようもなければあきらめましょう。というのは残念なので、除湿剤などの選択肢も考えて良いかもしれません(使ったことはないですが)。

 

何でもかんでも道具が揃っていないとできないではなく、どうすればコストをかけずに実現できるか、という部分に知恵を振り絞りましょう。

 

孵卵器には、湿度を調節する用の調節窓という小さな穴に可動式のフタが付いている部分があります。調節窓は酸素を補給する関係で極力全開にしていました。あまり気にすることではないかもしれませんが空気の循環は積極的に行なう方が卵にはいいのではないかと考えます。

 

卵を入れる前に試運転をして温度・湿度のモニタリングをします。環境が安定するまで1~2日かかります。事前にしっかりと準備しましょう。

 

第3世代孵卵器

孵卵器も進化しているようです。昭和フランキは、温風で孵卵器内に風を回し、孵卵器内が均一な温度になるような仕組みでした。今から10年以上前でしょうかね、飼育技術学会という集まりに参加したときに「第3世代の孵卵器」があると聞き、構造的には温風が風船?のような袋に流れ、その風船?のような袋と卵が点で接地する構造だったと記憶しています。

 

点で接地するという考えは、親鳥に抱卵されているときはお腹の一点で接地し、卵の下の部分は温まらない、ということからこういった構造に行き着いたのではないかと推測されます。親鳥が抱卵する環境を再現することで、孵卵環境が向上し孵化率が上がるという発想ですね。本気で卵のことを考えている人はすごいですね。いまアメリAmazonで検索いてみたのですが、見つかりません。どうやらもっと専門的なHPにいかないと見つけることができそうにありません。

 

当時。聞いた値段で40~50万円と高価で、海外製だったので輸入する必要がある、と記憶しています。お目にかかったことはないのですが、いつか使ってみたいものですね。

 

孵卵環境

孵卵環境により、卵の成長速度が変わり、孵化率が変化していきます。ここで大幅に間違えてしまうと孵化率が低下してしまい、人工育雛までたどり着くことができません。

 

調整する要素は
温度
湿度
転卵
換気(放冷)
の4つの要素です。一つ一つ見ていきましょう。

 

温度

温度は、卵の発生スピードを決める条件となります。温度が高ければ発生が早まり、低ければ発生が遅くなります。適正値の範囲を外れると孵化率を落とす原因となりますので慎重に決定していきましょう。

 

種により適正な温度がちがい、ペンギン35.8℃、コンドル36.7℃、水鳥36.9℃、オウム37.2~37.3℃、スズメ目など小型鳥類37.8~38.1℃といった情報や過去の研究結果、近縁種の結果などを調べ、自分が取り扱う卵の最適な温度を探していきましょう。

 

情報が手に入らなく、まったく分からなければニワトリの孵卵温度で37.5℃を基準にして考えましょう。また、親鳥の体が大きければ温度は低め、体が小さければ温度は高め、というのも一つの目安かもしれません。孵化予定日は孵卵器に入れた日(親鳥が温め始めた日、または孵卵器で温め始めた日)からカウントを開始します。

 

湿 度

湿度は卵重の減少に関わる要素です。卵は、産卵されてから孵化するまでの間に呼吸をして軽くなっていきます。この卵重の減少するスピードをコントロールすることで孵化率が上がります。湿度が高ければ卵中減少が少なくなり、湿度が低ければ卵重減少が多くなります。

 

卵重をコントロールする際には、種によって適正な「卵重減少率(産卵日の卵重から孵化日までに減少する卵重の割合)」があり、孵化までにどのぐらい軽くなるのかを湿度をコントロールすることで再現していきます。適正値の範囲を外れると中止卵や死籠りとして、孵化に至る前に死亡してしまいます。

 

 湿度の一般的に設定は55~60%、卵重減少率は12~18%以内です。多くの種は15%を目指しておこないます。例えば、採卵時の卵重が100g、孵化予定日数が20日、卵重減少率を15%だとすると100gの15%は15g、孵化するときには85gになっていれば良いので、15gを20日で割ると一日に0.75g減少していく計算となります(あってるか?)。

 

相手は機械ではないので厳密に一日0.75g減らないと産まれないというわけではありませんが、卵重減少率はふ化率を上げる一つの要素になります。

 

 

転 卵

親鳥も抱卵中に卵をくちばしで回転させます。転卵させることで卵内で偏りが出て、発生不良が起こってしまのを防ぎます。

 

孵卵器での設定としては一時間に1回の設定が基本で、補足的に追加で一日2~3回、手で転卵を行うことで孵化率があがる場合もあるようです。

 

換 気

孵卵器の右側にある調節窓と日中に行う放冷で適度に換気を行ないます。卵は呼吸をしています。たくさんの卵をふ卵器に同時に入れる場合は換気の頻度を上げることが孵化率にいい影響を及ぼします。

 

また、標高の高い場所で人工孵化を行なった実験(?)で、孵卵器内に酸素を供給することで孵化率が上がった、という報告を聞いたことがあります。標高の高い場所で人工孵化を行なう機会は基本的にないとは思いますが、適正な酸素が孵化には必要だと言うことは頭の片隅に入れておきましょう。

 

換気のために孵卵器の扉を開けることは、「放冷」と呼ばれる熱を逃がす効果もあります。種にもよりますが親鳥も四六時中卵を抱いて温めているわけではありません。温度のメリハリを行う事が孵化率を上げる要素にもなるとの情報を聞いたことがあるので、参考にしてみてください。

 

孵卵中の取り組み

卵を温めている孵卵中には、基本的に大きな変化はありません。保守管理をしながらデータを採取していきます。


行う事は
記録(最低限の項目)
卵重測定
検卵
です。

 

記録

記録をとる目的は、孵化した、中止卵になった、死籠もりだったなどの結果がそれぞれ出ます。その結果に繋がったのはどのような要素なのか?というのを突き止めない限りは、孵化率を上げていくことはできません。

 

そこで記録を取っていき、どんどん改善していく必要があります。一つの条件が本当に卵の孵卵に最適かどうかやってみないと分かりません。ある程度、孵卵環境にバリエーションをつけて、記録を照らし合わせ最善の設定を探していきます。ただ何でもかんでも記録に残せば良いというものでもありません。

 

最低限必要な記録は
卵重測定

検卵

温度・湿度と調整したタイミング

といったところは記録し、次回以降の参考にしていきましょう。

 

卵重測定

卵重は採卵したときに1回目、それ以降は定期的に行ないましょう。卵重を計測することで卵中減少率を管理し、適切な範囲内に納めるためです。

 

孵卵器に入れている最中に卵重を測定する頻度は、毎日、数日おき、一日2回などのパターンが考えられます。さて、どのパターンが良いでしょうか?

 

気持ち的には、毎日測定していきたいところですが、個人的な感覚として、卵をべたべた触ることで、卵にとって良いことってどんなことがあるだろう?と考えます。

 

どちらかというと、あまりこねくり回さないでいく方が、卵にとって良いのかな、と思うので、卵重減少は2日に1回程度にして、その都度湿度を調整していました。

 

検卵

胚が発生しているか、中止して途中で止まっているか、を判断するために行ないます。方法としては、暗室で強力な光源に近づけ、卵の中を透かせます。発生していれば血管が見え、そこから発生が進行していくと卵の中がどんどん暗くなって雛の体が成長していることが確認できます。

 

検卵の目安としては孵卵期間(卵を温める期間)の1/7が経過した頃に1回目を行い、発生をしているかどうか確認します。胚の発生が途中で止まっている中止卵であれば孵卵器から取り除いて廃棄します。腐敗してガスを発生させ、正常に生育している他の卵に悪影響を及ぼしてしまうからです。

 

廃棄する中止卵は割って中がどのような状態かを一応確認し、次回に活かしましょう。

 

検卵も頻度は、毎日、数日おきなどのパターンが考えられます。卵重と同様に毎日毎日、べたべた卵を触ることは卵にとって良いことはあるのだろうか?と考え、1/7、2/7と検卵するタイミングを限定して行なっていました。

 

検卵時は写真撮影も行って起き記録を残しておきましょう。

 

孵化の準備

さて、なんとか順調に卵が成長して孵化日が近づいてきたら孵化の準備をぼちぼち行っていきましょう。

 

卵が複数個あり、孵化日がばらばらの場合は、卵を温める用の孵卵器と産まれてくる雛用の孵卵器をそれぞれ準備して、合計2台体制で行うるのが理想的です。なぜなら、孵化のタイミングで孵卵環境に少し手を加えて上げることで孵化率を上げることができるからです。

 

孵化直前の温度と湿度

温度は温めていた孵卵器と同じにする、または0.3~0.5℃下げると孵化率が上がることが確認されています。ただしこれは一部の種でのことなので、どのような種にも適応するかは分かりません。


湿度は70~80%の高い状態を作ります。孵化のタイミングで雛が卵を割っている途中に湿度が低いと殻の内側が乾燥して雛にくっついてしまいそこで力尽きてしまうからです。しかし、あまりにも湿度を上げ過ぎてしまってもあまり良いことはなさそうなので70~80%あたりを目指して環境を作ってみましょう。

 

孵化直前の換気

可能であれば換気用の調節窓は全開にした上で、上記の湿度を実現できるのが理想的です。季節によっては実現が難しい場合もありますので臨機応変に対処しましょう。

 

湿度を上げて卵を設置したら扉の開け閉めは最小限にして環境を安定させましょう。孵化するかどうか、と心配になって確認したくなりますが、落ち着いて!見たって結果は変わりません!自分が安心したいだけの行為です。基本的には雛の力を信じましょう。

 

孵化直前の受け皿

ハッチング(雛が殻を割り始める)が始まった段階で転卵は必要では無くなりますので、受け皿に移し孵化用の孵卵器に移動させていました。その卵の大きさによって受け皿は変わりますが、テッシュペーパー、キッチンタオル、ウッドチップ、新聞紙などをカップ状の皿にセットして、その中に卵を設置しましょう。

 

このとき一点注意がありまして、受け皿の形状が四角いと雛が大きくなってから元気よく餌をねだり、壁面にバンバンぶつかってしまうことで、皮下気腫(皮膚の下に空気がたまってしまう)などが起こる可能性があります。ですので、お椀型のカップがおすすめです。私の犯したミスと同じようなことは絶対にしないようにしましょう。

 

孵化の介助

ハッチングが始まり、一日二日と待っていても卵から出てこない場合があります。その際の選択肢は2つ。そのまま待つか獣医さんに相談して孵化の介助(卵を割ったり、めくったりする)を行なうか、です。

 

孵化の介助をした際に、早すぎれば卵黄が吸収される前に卵の外に出てしまうことになります。個人的にはあまりいじくり回さず、自然に任せる方がいいのではないかなと思っています。

 

おわりに

いや~、なんやかんやで雛が孵化した所までしかいけませんでした笑

 

孵化にたどり着くまでにも、いろいろとやることがあるんですね。正直、今回私が紹介した話は時代遅れになっている話かもしれません。最近、人工孵化・人工育雛を実施していなくて、最新情報をあまり積極的に集めていません。

 

しかし、実際に私が行なって時代の中では、確実に集めれるだけの情報はすべて集めて実施していました。

 

情報があるだけで救える命があります。勉強するだけ、ただそれだけです。簡単でしょ?

 

命を預かるのが飼育員の仕事です。勉強するのはあたり前で、その上でよりよくできるように脳みそから煙が出るぐらい考えて、体が悲鳴を上げるまで手を動かしましょう。