鳥を人の手で育てる技術②
本日は「ようやく孵化した雛の成長を考える」というテーマで記します。
人工孵化・人工育雛ですが、いろいろと思い出していると、なんと言いますか辛い記憶が多いんですよ笑
当時、そこそこ担当動物を持ってゴリゴリ働きながら、それに加える形で人工孵化・人工育雛を一人で行なっていました。そんなもので激烈に忙しかったんですよ。体力もばっこり削られた上で、雛に神経を奪われる・・・しかも自分の動物園には人工孵化・人工育雛を教えてくれる先輩もいない・・・なかなか辛い戦いでした。記憶もおぼろげです。
だからこそ自分の力で、本気になって取組むしかありませんでした。
結果、非常に良い経験を得ることができました。これは何にも変えがたい宝物です。
さて、前回
ようやく雛が卵から孵った所まで行きました。
本日は、雛が孵化してから行なう部分について記していきます。
育雛環境
育雛方法
自力採食
大きくは上記の3点です。まずは雛を育てる育雛環境からです。
それではいってみましょうー
育雛環境
基本ベースは孵卵環境と同様の条件からのスタートです。そこから雛の様子を見ながら徐々に温度を調整していきます。湿度は50~60%をキープで大丈夫です。
育雛環境の要素は
温度調整
育雛器
雛の状態
になります。それぞれ見ていきましょう。
温度調整
当然、雛は成長して大きくなっていくので、体温を維持する能力が備わっていきます。そこで徐々に温度を下げていく必要があります。
環境の調整は、雛がすべての答えです。雛の様子、雛の体重変化、採食量、便の様子を総合的に考え、温度を徐々に下げて調整していきます。
もし、雛が「開口呼吸(嘴を開けてハァハァ呼吸)」が観察されたら暑い証拠なので温度を下げる、逆に「震え」が観察されたら寒い証拠なので温度を上げる、というのも把握しておきましょう。
しかし、今あげた2つの状態は雛の中で異常が発生しているからこそ観られる状態になります。ですので、これらのような様子が出ないのが理想的です。しっかりと雛を観察しましょう。
育雛器
雛を育てる専用の機械として育雛器というものがあります。人間の保育器のようなものですね。基本的には孵卵の時に使用した孵卵器とは別で用意ができる方が雛のためでもありますし、管理も容易になります。
育雛器がない場合、孵卵器でそのまま育てる形になりますが、昭和フランキはプロペラで温風を循環させて孵卵器内の温度を一定に保つシステムです。その温風が直接雛に当たってしまうと、ドライヤーで乾かし続けている状態になってしまいます。そこで温風が直接当たらないように「風受け」を設置するか、雛を入れるカップに簡易的な屋根をつけるなどの工夫が必要となります。
雛の状態
続いて、実際に雛の状態を詳しく見ていくポイントです。
雛の元気度は見ていれば容易に把握することができます。お腹が空いてピーピー鳴きながら、ウネウネ動いていれば元気です。「いつもの」様子を把握して、変化がないかしっかりと観察しましょう。
また、雛の内側の変化を確認する為に嘴の中に注目です。嘴の中が粘ついていると、それは水分が足りなく脱水状態を表している証拠となります。嘴の中以外には、雛の皮膚を引っ張ってピンと戻るのではなく、じわーっと戻っていくのも脱水状態である証拠となります。
脱水状態の改善に関しては事項の【水分】で記します。
その他に便の様子はどうだ?コロンとした便をしているか?水っぽいか?などを見ながら給餌している餌を調整していきましょう。
あと体重の変化で、一喜一憂をするのはやめましょう。理想的には順調に増加していくのが安心できますが、急ぐ必要はありません。停滞、または多少の減少というのも時には起こります。心配になって無理やり餌を食べさせるのではなく、雛の要求を見ながら決定していきましょう。
雛に元気がなくなってしまうのは必ず、飼育員の行っている仕事の中に原因があります。一度すべての手順、環境、質、量などをすべて点検し、原因を考えていきます。
育雛方法
続いて、実際に雛を育てていく方法に移りましょう。
考えて実践していくのは
餌内容の決定
水分
その他の健康管理
の3つになります。それぞれ見ていきましょう。
餌内容の決定
餌はその種によって変わります。どんな雛でも小さな虫をあげれば良いというものではありません。
その種の親が野生環境で雛にどのようなものを与えるか、が基本的な考えのスタートになります。その種は肉食なのか雑食なのか植物食なのか?親と雛はちがうモノを食べるのか、同じものを食べるのか?
それらを参考にした上で、手に入れやすく管理のしやすい雛用の餌を選定する必要があります。
私がスズメなどの小鳥の雛を育てていたときに使用していたものの一例として
Qチャン(九官鳥用の餌)
コオロギ(幼虫)
イレギュラーな種としてハトの雛を育てたときは
エグザクト(インコ用の餌)
といったモノを使用していました。
ハトは面白いんですよ。雛にピジョンミルク(ミルクと言っているが哺乳類のミルクとは大きくちがう)と呼ばれるソノウと呼ばれる器官から分泌する分泌物を雛に与えます。フラミンゴもフラミンゴミルクで雛を育てますね。
ハトの人工育雛を行なったときは、このエグザクトにたどり着くまで、全く上手くいきませんでした。全然自力でたどり着いたわけではなく、悩みに悩んで近縁種のハトの人工孵化・人工育雛を行なっている動物園に連絡をしてこのエグザクトの存在を教えてもらいました。ドキドキしながら電話したのを覚えています。それはもう親切、丁寧に教えていただきました。
その後、動物園の全国技術者研究会で教えてくれた方に直接お会いすることができて感動しながら直接お礼を言えたのは良い思い出です。
豆知識 ガッドローティング
雛に与える生き餌をアップグレードする方法があります。ミールワームのような虫の生き餌を与える際に、生き餌自体に栄養価の高い餌を食べさせ、生き餌自体の栄養価を高める方法です。
また、簡易的には生き餌にサプリメントをまぶして雛に採食させる方法もあります。こちらはロスする分があるので、極力ガッドローティングで確実に採食させていきたいモノです。
水分
水分の取り扱いも種によって変わりますが、選択肢としては
水道水を与える
経口補水液を与える(水分の吸収率を上げる)
といった選択肢になります。
前項の【雛の状態】で、脱水状態の兆候が見られたら、意図的に水分を補給していきます。
いつも与えている餌が水でふやかすタイプであれば、成長と同時に餌の水分量を徐々に減らしていく場合がありますが、少し前のステージの水分量に戻すなどの方法を考えます。
また、猛禽類やフクロウ類などに肉を給餌するときに、水分にワンバウンドしてから水分が付いた肉を給餌する方法もあります。
豆知識 水分から栄養を与える
またまたハトの話になりますが、少し高度な選択としてエグザクト自体は粉状で、水で割って雛に与えます。それを水ではなく豆乳で割って栄養価を高めるという選択があります。
エグザクトを教えてもらい、何とかかんとか成長はしていくのですが、なかなか成長率が上がらない悩みを持っていました。これまたエグザクトの存在を教えてくれた動物園の方から豆乳を使う方法を教えてもらいました。
水を豆乳に変えるといった発想は本当に驚きました。コペルニクス的転換です。植物質であり、栄養価が高いモノはどんなものがあるか?そして、雛の成長に適しているのはどのようなものがあるのか?考えて調べ尽くした結論だと思います。
そのときあわせて聞いたのが無調整豆乳より、調製豆乳がいいそうです。無調整だとソノウで食滞を起こしてしまったようで、このあたりは経験を積みながら多様な選択肢と確実な技術を確立して行きたいものです。
この水分の栄養価を高める、という選択肢は雛だけではなく、衰弱した動物の管理をする場合にも応用(サル類で栄養失調になった→餌+水ではなく餌+リンゴ果汁100%ジュースを与えるなど)できます。
このように水分を与えるということ一つをとらえても、突き詰めていくことができます。雛が摂取するモノは人の手から与えるモノがすべてです。すべての行いに対してそれぞれ考え、最善の方法を選択しましょう。
その他 健康管理
その他に、ずっと育雛器の中で飼育しているのではなく、ある程度大きくなって羽根が生えてきたら日光浴を行ないましょう。日光浴を行う事で、骨の形成に必要なビタミン生成を促すことに繋がります。ビタミン生成が行えないことでクル病(骨形成に異常)になってしまう場合があります。
日光浴の必要性は、種によって変わりますし、実際必要か?と思うかもしれません。確かに必要性はそこまでないのかもしれませんが、外の空気を吸って、木陰で過ごすのは雛にとって環境変化のストレスはあるかもしれませんが、それ以上にいいことなのではないかと思います。
これまた、エグザクトを教えてくれた動物園の方からハトの雛の餌の中にチンゲン菜の絞り汁を入れる事で骨形成が正常になる、というのも聞いたことがあります。ほんとうに足を向けて寝ることができません。何から何まで包み隠さず教えてくださりありがとうございます。このあたりは、実際に行うことができなかったので、これからできる機会に恵まれたら取り入れてみたいと思います。もっともっと勉強します!
自力採食
雛が成長して、最後のステージには、置き餌を設置し、雛自ら採食するのを促します。これが最後の関門です。
スズメなどの小鳥類では成鳥と同じ餌を準備して、ミールワームなどの生き餌を入れて注意を引き、突っついて遊んでいる間に大人用の餌を自力で食べ始めるのを待ったりします。個体によって自力採食に時間がかかることもありますので急がず焦らずじっくり行きましょう。
複数羽を同時に育雛していた場合は、どの個体かが自力採食を始めたらそれを見て他の雛も学習し、自力採食を始めたりもします。それを意図的に再現するために、自力採食するヒヨコを手に入れて、先生として一緒に飼育するのも一つの選択です。一応雛とヒヨコでケンカが起こらないかどうかはしっかりと確かめましょう。
自力採食で自分の体重を維持できているかどうかを体重測定で確認し、自力採食で体重維持ができるようになったら人工育雛は卒業です。
巣立ち
巣立ちはある日突然やってきます。ハトの雛を育てていたとき、いつものように朝の給餌を行なおうとしたときに、いつもと様子が違います。いきなりよそよそしくなり、人を拒絶するようにバタバタしていました。うれしいような、悲しいような・・・最後はあっけないものです。
野生動物は、最終的に人に完全に馴れることがありません。どこかでスイッチが入ります。自力採食をして、人を拒絶するところまで行けば、人工孵化・人工育雛としての飼育員の仕事は本当に終わりです。おつかれさまでした。
おわりに
今回、自分の中に今ある人工ふ化・人工育雛に関する情報をすべて出しました。出したつもりではあるのですが、おそらく実際に人工孵化育雛を行ない始めれば、今回記したこと以外のことも思い出して出てきそうな気がします。人間の記憶というのはあやふやですからね。
実際に取組んでいたときは本当に色々と必死になって勉強したものです。英語なんてこれっぽっちも読めないくせに、英語の論文に果敢に挑戦し、学生時代に使用していた辞書を引っ張り出して翻訳を始めたけどすぐに挫折して図を見て満足する、といったお粗末なものでしたがね。いまなら、グーグル翻訳であらすじぐらいは簡単に把握できるのでいい時代になりました。
学生時代は大人になったらこのつまらない勉強ともおさらばだと思っていたのですが、どっこい、今の方が学生時代よりはるかに勉強しています。ただ自分の学びたいことを選んで本気で取り組めるので、楽しいんですけどね。
さて、しばらく動物飼育のことばかり書いていたのですが、次回以降は動物飼育に関しては一旦お休みをして、環境教育やその他の分野で飼育員として知っておくべき、学ぶべきことに関して記していきたいと思います。