飼育員になりたい君へ

動物園の飼育員になりたい君へ

とある動物園で飼育員をしています。いつの日か動物園で飼育員として働きたいと思っている人に向けて書きます。

環境エンリッチメントを整理してみた

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本日は、「環境エンリッチメントについて整理してみたらもっと勉強しなきゃと再認識した」という内容を書いていきたいと思います。

 

環境エンリッチメントという言葉は、おそらく飼育員を目指しているのであれば聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

本記事と次回の記事で環境エンリッチメントについて整理し、具体的な取り組みに関して記していきたいと思います。


まずは、環境エンリッチメントの概略からです。

 

 

 

環境エンリッチメントとは?

環境エンリッチメントの上位概念として「動物福祉(アニマルウェルフェア)」というものがあります。動物福祉とは、感受性を持つ生き物として飼育動物や家畜をとらえ、快適な環境の中でストレスを減らし、人も動物も幸せな関係を結ぼうという概念です。

 

動物福祉には「5つの自由」が定められており、

  1. 飢えと渇きからの自由
  2. 不快からの自由
  3. 痛み・傷害・病気からの自由
  4. 恐怖や抑圧からの自由
  5. 正常な行動を表現する自由

といった事柄を守る飼育の仕方を行ないましょうという趣旨です。

 

当然、動物園で飼育している動物たちにとっても、上記の自由は保障されてしかるべきでしょう。この5つの自由の中で環境エンリッチメントは「正常な行動を表現する自由」に該当する試みに分類されます。

 

 

環境エンリッチメントの目的

環境エンリッチメントの目的は、「飼育動物の“心が幸福な暮らし”を実現」ということになります。

 

具体的には

  • 野性と同様の行動を行える
  • 環境の肯定的な利用が多い
  • 活動性と行動の多様性が高い
  • 望ましくない異常な行動が無い

といったことが実現することができることによって「飼育動物の“心が幸福な暮らし”を実現」することになります。

 

この目的を達成する為に目標として、

  • 飼育動物に選択の余地を与える
  • 飼育動物に刺激を与える
  • 飼育環境に変化を与える

という目標を目指した取り組みを行ないます。

 

目的と目標の違い

目的というのは、読んで字のごとく「目指すべき的」、つまり最終的に成し遂げようと目指す到達点を意味します。

 

一方、目標は「もくひょう」とも読めますし「めじるし」とも読めますね。つまり「目的を達成する為に設けためじるし」です。
目標①と目標②と目標③をクリアーすることによって、目的が達成することができる、といった関係です。

 

環境エンリッチメントでいうと、野性と同様の行動を行え、環境の肯定的な利用が多く、活動性と行動の多様性が高く、望ましくない異常な行動が無い「飼育動物の“心が幸福な暮らし”を実現」(目的)するために、飼育動物に選択の余地を与え、飼育動物に刺激を与え、飼育環境に変化を与える(目標)ことによって達成する、といった具合です。

 

マクロの視点から、動物たちの現状を把握し、足りない部分を補うまた改善していく為の目標を設定して目的に向かって仕事に取組む必要があります。そうしなければ、ぜんぜん見当違いなことに時間を費やしてしまうことになってしまうので注意しましょう。

 

 

環境エンリッチメントを整理

続いて、環境エンリッチメントというのはどのようなものがあるのか整理していきます。

 

環境エンリッチメントは現在、以下の5つのカテゴリーで整理されています。

  1. 社会的エンリッチメント
  2. 認知エンリッチメント
  3. 空間エンリッチメント
  4. 感覚エンリッチメント
  5. 採食エンリッチメント

となります。

では、それぞれどのような試みかを見ていきましょう。

 


社会的エンリッチメント

社会的エンリッチメントは、他個体や他種個体、人、物質などの外部からの刺激になります。


群れ飼育もその一つです。群れの大きさや性比、年齢比などが適切に構成された群れは、種特有の行動の発現や繁殖能力の発揮につながります。行動的には、子どもと遊ぶ、グルーミングを行なうなどの行動が社会性のある行動となり単独で飼育していては行うことができない行動です。

 

また、混合飼育によって異種の動物がいることで、ある種の緊張感を作り出すことも効果的です。緊張感というとネガティブに聞こえますが、だらけて過ごすよりも、「あ、あいつ動いた、移動しなきゃ」という刺激は、飼育下という刺激の少ない空間であれば非常にポジティブな刺激となります。

 

また、ハズバンダリートレーニングは人との関わりに関する外部刺激となり、社会的エンリッチメントに分類することができます。


認知エンリッチメント

その動物が持つ認知能力(頭を使う)を引き出す機会を提供するための取り組みです。動物園では、目の前にただただ餌が置かれる単調な飼育環境になりがちです。知能の高い動物にとっては、頭を使うことも心豊かな生活に必要です。複雑な動きをするおもちゃの設置や、遊具の導入設置の他、本格的な認知実験を行なう場合もあります。

 

ハズバンダリートレーニングは、社会的エンリッチメントであると同時に認知エンリッチメントの一つでもあります。環境エンリッチメントの中には、一つの試みにより動物の生活を複数の切り口から豊かにする試みもあります。

 


空間エンリッチメント

動物の行動特性が発揮できる空間づくりによるエンリッチメントです。動物種で、樹上、水上、地上と生活する場所がちがい、さらに行動する時間、昼行性や夜行性などの違いがあります。そういったそれぞれの動物の特性を発揮できる空間作りを行なう試みです。

 

空間の中には時間軸も含まれ、例えば夜間は寝室のみで過ごさせるのではなく、放飼場に行くことも可能でどうするかは動物が選べる、といった類いの試みもあります。

 


感覚エンリッチメント

人でいう「五感」に対してアプローチをするエンリッチメントです。人間は感覚器での知覚は8割が視覚で行なっています。しかし、動物によってそれぞれ感覚器の使用割合がちがい、人間目線で取組んでしまうと、動物の感覚器の優先順位とマッチしない場合があります。

 

動物のことを思い返してみれば、匂いを確認する、異音を警戒するなどの行動を当然のように行ないますよね?動物目線に立って、どのような感覚を刺激するのが効果的か、または、どの刺激を軽減するのが動物にとって幸せか、といった形で取組みます。寒さや暑さ、涼しさ、暖かさ、といった温度変化を感じることも感覚を刺激するには重要ですね。

 


採食エンリッチメント

野生本来の採食行動を発現できるようにしたり採食の方法のバリエーションを増やす工夫をするエンリッチメントです。野生動物の多くは、一日の大半を採食に費やします。動物園では、ペレットなどで効率的に栄養を補給できる反面、採食時間が極端に短くなりがちです。

 

暇な時間が増えてしまうと、過剰なグルーミングや常同行動などの異常行動が発生してしまう場合もあります。

 

餌の種類を増やしたり、与え方を工夫したり、回数を増やすなどの工夫など、取組む事で目に見えた効果が観察できるモノが多いので積極的に取り入れていきたいエンリッチメントです。さまざまな動物園で趣向を凝らした試みが数多く行なわれているので参考にしてどんどんパクりましょう。良いものは良いんです。

 

 

おわりに

環境エンリッチメントは個人的に非常に好きな仕事です。なぜなら自分が行なった試みがすぐに動物たちの生活に関わり、ダイレクトに動物たちの反応という結果が出るので、『やってよかったな~』を実感しやすいんですね。

 

飼育担当者はある程度担当動物を選ぶことができますが、動物たちは担当者を選ぶことができません。どのような動物の担当になったとしても、その動物の事を幸せに、豊かにしてあげることができるのは担当飼育員しかいないんですね。

 

飼育員として、どのような動物でも必ず幸せにする気概とスキルを持ち合わせましょう。そのために日々勉強し、実験し、改善していく終わりのない仕事が動物園の飼育員です。