飼育員になりたい君へ

動物園の飼育員になりたい君へ

とある動物園で飼育員をしています。いつの日か動物園で飼育員として働きたいと思っている人に向けて書きます。

群れ飼育を因数分解して、収容するスキルを考える

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本日は「群れ飼育の飼育作業と収容に関して書いていたら最終的に頑張れ!と叫んでいた」という話をします。

 

群れ飼育は、環境エンリッチメント(後日、記事を書きます)の社会的エンリッチメントとして行います。野生環境において群れで生活をする動物にとって、他個体との社会的な関わりがあるということは当然メリットが大きいです。

 

その反面、群れ飼育ならではの難しさもあります。

 

群れ飼育の構造に関しては前回の記事を ↓

 

 

suzukichicken.hatenablog.com

 

見てもらいながら、今回は実際の飼育作業や寝室への収容に関して考察していきます。

 

 

 

群れ飼育の飼育作業

 

群れ飼育の飼育作業に関してケースを整理してみると

直接飼育/収容アリ

直接飼育/収容ナシ

間接飼育/収容アリ

の3つが考えられます。

 

間接飼育/収容ナシは、それって動物園の飼育なの?野公園的な感じ?とイメージがつかなかったので省きます。

 

軸としては直接飼育軸と収容アリ軸の二つです。直接飼育軸の群れ管理収容アリの群れ管理をそれぞれみていきましょう。

 

 

直接飼育の群れ管理 ニホンザルを例に

「直接飼育/収容アリ」と「直接飼育/収容ナシ」は「直接飼育」に関していえること+群れ要素です。

 

直接飼育と間接飼育に関してはこちら ↓

 

動物がいる空間に突入する直接飼育① - 動物園の飼育員になりたい君へ

動物がいる空間に突入する直接飼育② - 動物園の飼育員になりたい君へ

間接飼育と命を守る事故対策 - 動物園の飼育員になりたい君へ

 

 

直接飼育の記事と重複する部分もあるのですが、

適正な給餌

作業の順番

が直接飼育の群れ管理では大切になってきます。

 

今回は基本的にすべてニホンザルの群れ飼育をイメージしながら読み進めていただけるとありがたいです。

 

 

適正な給餌

群れ飼育での適正な給餌とは、

劣位の個体も十分に採食することができている状態

になります。

 

群れ飼育なので個別の採食量というのは把握することが不可能です。そこで優位個体はどうか?劣位個体はどうか?とざっくり見ながら特に劣位個体に注目していきます。

 

適正な給餌量を維持できると

・劣位個体の健康と安全が少し守れる

・飼育員の安全が少し守れる

ということに繋がります。空腹だと優位個体の攻撃性が上がってしまうんですね。

 

攻撃性が上がると優位個体が劣位個体に対して攻撃する機会が増えますし、飼育員に対しても攻撃してくる可能性が出てきます。「少し」と表現したのは、影響はあるけれどそこまで大幅に効果があるわけではないので一つの要素として捉えておきましょう。

 

では実際に群れ飼育の給餌量を決定していくプロセスを見ていきましょう。

 

①残餌は?

朝一番に確認です。

 

残餌にもグラデーションがあって、

・全くなにも残っていない

・茎などあまりおいしくないものが残っている

・メインの食べ物が少し残っている

・ほぼすべて残っている

といったことがあります。ほぼすべてが残っているは、「引っ越しをした」など特別なパターンなのでほぼありません。

 

ではどこを目指していくべきでしょうか?

 

全く餌が残っていない場合は、

ぴったりちょうどいい

劣位が食べれていない

の2パターンが考えられ、これは残餌量だけで判断することができません。

 

劣位個体を観察する中で、それぞれの体形や活発性などの情報収集をして、総合的に判断していく必要があります。少し安心できるのは「茎などあまりおいしくないものが残っている」パターンですね。劣位の個体もおいしくないものまで食べるほどは飢えていない証拠です。

 

しかし、「直接飼育/収容ナシ」の場合はそれでいいのですが、「直接飼育/収容アリ」の場合は、「茎などあまりおいしくないものが残っている」では入ってこない場合があります。ある程度空腹感がないと寝室に入ってこなく、けっこうシビアなんですね。なので一概に「茎などあまりおいしくないものが残っている」パターンだからいい、ということでもありません。

  

次項の【収容アリの群れ管理】で収容のための工夫を書きます。

 

 

②動物の反応は?

給餌をしたときに動物の動きをよく見ましょう。

 

群れ全体がたらたらゆっくり食べに行ったら、それは空腹感があまり強くない証拠です。逆に群れ全体で猛然と餌にダッシュして奪い合うような場合は空腹感が強い証拠。

 

ニホンザルの場合であれば、優位個体がたらたらゆっくり食べに行き、劣位個体がダッシュで食べに行く、という状態が現実的に群れを管理する観点から行き着くことができるベストな状態だと思います。

 

このあたりは、毎日の変化、季節の変化を計算に入れながらモニタリングして決定していく必要があります。基本的には最適解は動物が持っています。動物のことをよく観るのは飼育員として非常に重要ですので、意識的に取り組みましょう

 

 

作業の順番

直接飼育ですので作業を行う順番も意識しないといけません。

 

空腹状態の動物のいる空間にエサを持って入っていくというのは、当然動物との距離感が近くなります。その時によくあるのですが、飼育員が餌をあたえる「いつもの場所」みたいなものを作ってしまうと、そこまで飼育員は餌を持っていこうとしてしまいます。すると動物にとって「いつもの場所」までの間は「お預け」状態になり、空腹イライラはより高まってしまいます。

 

そのイライラが臨界点を突破した時に「いつもの場所」までの間に飼育員と動物との接触事故が発生してしまうのです。「いつもの場所」にこだわるのは意外と危険です。また、給餌の前に掃除をしようと考えるのも飼育作業優先の考え方です。

 

順番としては

①攻撃される可能性のある動物の場合は、なによりまず餌を与える

②危険な場合は、動物と極力接触しないように投げ入れる、檻越しで入れるなどを選択する(1/3程度はその方法で、残りは直接放飼場に入って設置するのはOK)

③動物が餌を食べている間または食べ終わって満腹になってから掃除などの飼育作業をする

というのが、安全を考えたうえでの順番になります。 

 

事故は人にとっても動物にとってもいいことはありませんので、極力発生しないように、動物の要求を考えながら順番を組み立てて作業をしましょう。

 

 

収容アリの群れ管理 ニホンザルを例に

続いて「直接飼育/収容アリ」、「間接飼育/収容アリ」の「収容」に関する部分です。

 

こちらは群れ要素が強い内容ですね。

 

まずは何のために収容するのか?です。一つに収容する習慣づけをしておくことによって、ケガをした個体が出た場合にスムーズに対処することができる、というのが大きいです。最悪、飼育員にたくさん集まってもらって力技で寝室に入れることもできますが、極力スムーズに対処できるように寝室に入るように毎日の習慣としています。

 

群れ飼育での収容の基本原則として動物が寝室に入る動機は「餌が寝室にある」からその一点です。寝室に遊具を設置したり工夫を重ねていくら豊かにしても、群れであれば劣位の個体が入ろうという動機にはなりえないんですね。

 

また、担当の飼育員が変わって動物が警戒して入らない、担当者が動物が嫌な行動を行ったから入らない、といった要素も考えられますが、私の経験上いろいろと考えた結果「最終的に腹が減ったらどんなことがあっても寝室に入る」というシンプルな結論に落ち着きました。

 

そこで群れ飼育での収容は、餌の質と量を精度高く管理・コントロールして動物を寝室に収容する、ということになります。

 

さらに直接飼育軸では、個体の様子を観て給餌量を決定する話をしましたが、収容軸では個体の様子に合わせて給餌をしながらそれでも毎日収容する、というミッションですので劣位の個体の健康を維持し、優位個体の行動をある程度コントロールするのは当然で、それを行ったうえで毎日収容するというそこそこ高度なスキルが必要となります。

 

 

そこで群れ飼育での収容に関して重要なのは

順位によって採食量が変わるのを前提に劣位の個体も食べれてる工夫

ということが必要になります。

 

では実際にどのような工夫をすることができるかを見ていきましょう。

 

 

順位によって採食量が変わるのを前提に劣位の個体も食べれる工夫

工夫として私が意識していたのが以下の3点です。

餌をばらまく範囲

餌の多きさ

採食難易度 

それぞれ見ていきましょう。

 

①えさをばらまく給餌範囲

餌が一カ所に固まっていると、優位個体が独占してしまいます。餌を奪って優位個体に攻撃されるのを恐れて食べようとしないんですね。そこで餌を置く範囲を極力広げるというのが必要になります。

 

その際、寝室の天井が網状であれば、その上にエサを置く、という風に利用可能面積を広げる視点も必要です。檻の外に餌かごを設置して手を伸ばして食べるようにするのもいいですね。単純に広くばらまくに加えて、そういった工夫をできる限り行うことで、劣位個体にも十分に餌が食べられる給餌範囲を作り出します。

 

②餌の大きさ

なんとなく、劣位個体のために小さく切って与えてしまいたくなりますが、私としては小さく切ることにメリットはないと考えています。

 

どこで知ったか忘れてしまって、メモしか残っていないのですが

 

飼料をそのまま動物に与えることが、エンリッチメントを向上させることが実証されている。細かく切ったり、皮をむいたりすると、飼料は乾燥しやすく、栄養素、特にビタミンを失いやすい。飼料を細かく切ることによって、細菌やその他の汚染にさらされる表面積を増やすことにもなる。

 

という情報と、これもどこの情報だったか・・・

 

社会的な群れとして飼育している動物に給餌する場合は飼料を細かく切らないと、優位個体が好きな試料を優先的に食べてしまい劣位個体は栄養的にバランスのとれた飼料を採取できないと心配するが、実際には、研究の結果個体の総飼料摂取量には差がなかったことが示された

 

という研究結果を知ってから、当然群れの個体数が多ければ、餌の個数的な部分はある程度確保しますが、基本的に大きめにカット、またはまるまま給餌するようにしています。

 

③採食難易度

これは①で出てきた天井の檻を利用した給餌の工夫も含まれますがが、食べるのにひと手間かかるように工夫することで、優位個体の採食に時間がかかっている間に、劣位個体が食べる時間を確保するのが狙いです。

 

例えば、

かごの中においしいものを入れる

隠れるような床材に餌をばらまく

などです。

 

また、優位個体は体が大きく重いことを利用して、優位個体が行きにくい、または行けない空間を作って劣位個体に給餌する方法もあります。過激なものとして電柵で囲ったスペースを作り、劣位個体は頑張って突破するけれど、優位個体はそこまで頑張らないから行かない、という方法も聞いたことがあります。

 

電柵がいいのかどうかは置いておいて、それぐらいの工夫を行えば、劣位だ優位だで悩まずに、群れ全体を豊かな状態に持っていくことができるということです。

 

 

おわりに

いや~今回のテーマは非常に重く、記しながら迷子になり、結果迷子のまま、まとまったか?とはてなのままの投稿となりました。非常に勉強になりました。自分が行っている仕事を文字にすると客観的にどういうことかを改めて考える機会となっていろいろと再発見するがありました。

 

動物種によって変わりますが、基本的な群れに対する向き合い方に関しては自分が知っていることはすべて出しきれたかな、いや、まだあるかも・・・。

 

昔の飼育員は職人気質で、こういったことも先輩方は教えてくれなく、自分の頭をフルで使って考えて、実験して、習得していくしかありませんでした。個人的な私の考えとしては、誰かが経験して考えたものは後輩はさっさと理解して、そこをスタートにして、そんでもってもっと深みに突っ込んでけ!よりよく良くしてくれよ!と思っています。

 

これから飼育員になる方は、動物のために今ある情報程度のモノはさっさと手に入れて一生懸命自分だからこそできる動物を豊かにする工夫を頑張れ!!