間接飼育と命を守る事故対策
本日は「間接飼育は比較的安全だけど、一歩間違うとやっぱり重大な事故が起こっちゃうよね、対策しなきゃ」という話をします。
以前の記事で「直接飼育」に関して書き記しました。
動物がいる空間に突入する直接飼育① - 動物園の飼育員になりたい君へ
動物がいる空間に突入する直接飼育② - 動物園の飼育員になりたい君へ
直接飼育は、動物の空間に入っていくので、一歩間違うと動物と接触して動物に噛まれる、蹴っ飛ばされる、角で刺されるような人身事故が発生してしまうから、いろいろと考えて対策をとらないと危ないよね、という記事です。
人身事故を経験はしたくないものです(もう二度と・・・)。
では、「間接飼育」はどうでしょうか。
「間接飼育」では、動物のいる空間には入りません。
例えば朝、動物が寝室に入っていれば、放飼場や別の寝室に移動させてから動物がいた寝室の掃除を行ないます。動物と直接接触するタイミングはありません。
しかし、基本的な動きとしては接触する機会はないのですが、一つリスクがあります。
カギのミスをしてしまうと間接飼育だとしても動物と接触してしまう、しかも重大な事故に繋がってしまう可能性があるのです。
そのような事故が起こらないように、間接飼育の解像度を上げながら対策を含めて考えて行きたいと思います。
間接飼育とは?
間接飼育とは猛獣類であるライオンやトラ、クマなど同じ空間に入ることができない動物で実施される飼育方法です。
物理的に動物と同じ空間に入らないので、動物に対するアプローチは基本的そこまで多くはありません。
その中でも動物に対して取組む事ができるアプローチとして
1.餌の質、量、与え方の決定と工夫
2.飼育空間の構築
あたりが、今私が思いつく取り組みです。
餌の質、量の決定
間接飼育では、基本的な動きとして動物に寝室→放飼場、放飼場→寝室という動きを行なってもらう必要があります。
そのためにもやはり、動物の状態を把握しながら、要求を感じ取り、季節の変化を考えて日々調整し、動物の健康管理に配慮していく必要があります。
動物達には寝室に入れば餌がもらえる、だから寝室に入ろう、というのが多くの猛獣類で取られている間接飼育の飼育方法です。
しかし、課題もあります。
動物たちは空腹状態であると、常同行動(同じ場所をうろうろ歩き回る異常行動)の頻度が上がってしまいます。
そのために、朝に一日分の餌を給餌してしまうという選択肢もあります。
しかし、それでは寝室に入る理由がなくなってしまいます。
そこで常同行動を抑えながら寝室に入ってもらう飼育空間に対してアプローチを行ないます。
飼育空間の構築
飼育空間は基本的に2つ、寝室と放飼場です。
放飼場の空間構築は、「環境エンリッチメント」というテーマを書き記す時に詳しい内容は取っておいて、本日は寝室の空間構築について少しだけ。
動物園は基本的に日中の時間に開園しています。動物たちは8時間程度を外の放飼場で過ごし、室内の寝室でおよそ16時間過ごします。
時間で言えば、寝室で過ごしている時間の方が圧倒的に長いのですね。
ここはしっかりと把握しておくべき部分です。
飼育員として行なう仕事が、動物の一日をトータルで考えていくと、どれくらいの割合で関わってくるか。
よく行なわれる試みには給餌のフィーダーがあるのですが、給餌というのはとても時間が限定されているものです。
効率で話すものではないですし、もちろんどちらに関してもアプローチを行なう必要がありますが、寝室で過ごす時間が長い動物であれば、寝室に関して試みを行なう方が動物にとってよっぽど幸福度が上がるのではないでしょうか。
この動物の一日をイメージして取り組みを進める、という考え方は非常に大切になりますので覚えておきましょう。
寝室にはたくさんの遊具があり、壊せるモノ、取り組める仕掛けがたくさんある。また、寝るときにはハンモックや草のふかふかのベッドがある、など寝室に行く理由が明確にある状態を作り上げる必要があります。
そういった飼育をすることができれば、動物たちの幸福を高めつつ、飼育管理する上で寝室に収容することができるようになるのではないでしょうか。
と、いうことを考えながら間接飼育を行なっていくのですが、間接飼育の基本ベースの話として「カギのミスをすると事故が起こる」、「人間は必ずミスをする」ということを知っておかなければなりません。
動物園の大きな課題 カギ問題
動物園で起こる重大な事故として猛獣類の人身事故があります。それ以外の事故としては、脱柵(逃げること)や落下(動物舎などの高い場所から飼育員が落ちること)などがあります。
猛獣類による人身事故の原因の多くが、扉にカギを掛け忘れたことが原因で発生します。
人というのは忘れる動物なんですね。ミスは必ず起こります。
ここで考えるべきは、「ヒューマンエラー」なのか「システムエラー」のどちらなのか、ということ。
ヒューマンエラー
ヒューマンエラーとは、個人としてのミスです。簡単なミスとしては、プールの水をためていて貯まったけど蛇口を閉めるのを忘れた、放飼場にチリトリを置き忘れた、電気を消し忘れたのような類いのミスです。
もちろんここに、「カギをかけ忘れた」というのが入ってきます。
そこで飼育員に成り立ての頃は、危険性の少ない動物を担当することが多く、そこで経験を積み、カギに関する習慣付けを行ないます。
一日に10回も20回もカギを開ける、カギを掛けるという単純な動作を繰り返し、それを何年にもわたって行う事で、『ん、カギ掛けたっけ?』と気づく、それで確認しに行ったらカギがかかっていた、のように無意識的でも必ずカギを掛けてしまう体にしていきます。
これはもう数をこなしてそういった体を作っていく以外にはありません。
そして、もし自分にミスが多いな、と感じていながらそれに対して対策を行なわないのは、「ミス」ではなく「さぼり」です。
必ずどうすればミスを減らすことができるのか?その対策にはどのようなものがあるのか?を常に考えて解消していきましょう。
自分の命もそうですが、同僚の命、ひいては来園者の命を守るためにも必ず身につけなければならない能力です。
システムエラー
このように個人個人として必ず「カギをかけ忘れない」という習慣をつけていたとしても、それでも事故が定期的に起きてしまう獣舎があります。
一人ではなく複数人が起こしてしまうミス、それがシステムエラーです。
これは個人でがんばる類いのことではなく、組織として対策を取らなければなりません。
特にカギに関しての事故は、一度起きてしまうことで取り返しのつかない結果が起こりえます。
そこで、どのような構造でカギを忘れて事故が起きるのか、そのための対策にはどのような方法があるのか、を整理してみます。
動物舎の構造と事故のパターン
動物舎は【寝室⇔間仕切り⇔動物の通路⇔間仕切り⇔放飼場】という構造が多いです(文字だけで非常にわかりにくい表現で大変申し訳ありません)。
そして、動物と接触してしまう事故のパターンとして
1.寝室に動物がいるのに扉を開けてしまうパターン
2.動物を放飼場に出したときに、飼育員が放飼場に出るための扉が開いていたパターン
3.動物を寝室に収容したときに、寝室の扉が開いていたパターン
4.動物を収容したと思い込んで、放飼場に出て行ってしまうパターン
となります。
一つ一つ分析し、対策を考えてみます。
1.寝室に動物がいるのに扉を開けてしまうパターン
このパターンは、大型の猛獣類のライオンやクマではあまり考えにくいパターンです。しかし、ヒョウなどであれば起こりえます。
原因として、寝室の中の視界が悪いと起こってしまう可能性があります。
そこで対策として、繁殖目的の時以外は巣箱や目張りを撤去して視界を確保する、ライトの光を確保する、といった環境にしましょう。
さらに扉を開ける前に必ず寝室内を確認する習慣を作り、動物がいないことを確認してから作業を開始しましょう。
2.動物を放飼場に出したときに、飼育員が放飼場に出るための扉が開いていたパターン
このパターンは実際に起こりえます。
朝、放飼場に餌を設置し、そのまま扉を閉めずに動物を放飼場に出してしまって起こる事故です。
対策としては、飼育員が放飼場に出る扉と間仕切りを連動させるのが効果的だと考えます。
理想的なのは①放飼場に出る扉を閉めると、①が完了していることで間仕切りを開けることができる、ように連動させてしまうことです。
3.動物を寝室に収容したときに、寝室の扉が開いていたパターン
寝室掃除をし終えた時に扉を閉め忘れ、そのまま動物を寝室に収容してまったパターンです。
こちらも対策としては2.と同様に前後の動きを連動させるのが効果的だと考えます。①寝室の扉を閉める①を完了していることで間仕切りを開けることができる。
さらにその連動する仕組みを補完する形で、寝室が開いているとパトランプが光る、シートベルトのように扉を開けると警告音が鳴る、などの2重の対策を行えば、よりミスが起こる確率を低減させることができます。
4.動物を収容したと思い込んで、放飼場に飼育員が出て行ってしまうパターン
こちらは夕方の最後の仕事を行なうときに起きてしまうパターンです。
対策としてはやはり、前後の動きが連動する①動物を寝室に収容する、①が完了していることで放飼場に出る扉を開けることができる、形が良いと思います。
寝室側に放飼場に出る為のカギを設置する方法です。寝室を覗き動物がいることを確認しておいてカギを取ります。
すべての対策に共通することとして、その対策のレベル感を意識する必要があります。
Lv1 扉や寝室の前に言って確認する
Lv2 かんぬき(扉と枠の双方を跨るように通す建具)を閉める
Lv3南京錠(カギ)を閉める
当然Lv3→次の行動、にできると事故の発生確率を相当下げることが可能です。
このあたりは知恵の輪のように構造を考える必要や専用の器具・機械を導入する予算との兼ね合いもありますし、スモールスタートでも良いので着実に改善していきたいものです。
人の命のためですので、妥協せずしっかりとした環境を構築して、安全に動物たちと向き合うことができる動物園を作っていきたいものです。
また、上記に記した内容は物理的な対策となります。
物理的対策に加え、飼育員の心理面での対策も必要です。
心理的対策
心理面とは具体的に、「焦る心」と「怠ける心」です。
「焦る心」とは?
【制 約】時間を決めた予定(ガイド・打合わせ・イベント・早退)
【忙しさ】たくさんの飼育作業
【緊急性】イレギュラーな出来事(治療・来客・電話)
「怠ける心」とは?
【疲 れ】 → 体 (まぁ大丈夫だろう)
【忙しさ】 → 体 (急いでいるからまぁいいや)
【焦 り】 → 心 (やばい、急がなきゃ、まぁいいや)
【慣 れ】 → 心 (いつも大丈夫だし大丈夫だろう)
【緩 み】 → 心 (明日休みだーー)
それぞれの要因を潰す、または影響を弱める方法は?ということを考え続け、改善し続けなければなりません。
人間はこういった状態になることを理解した上で、どのような職場の体制がベストなのか、 飼育員一人一人が自分事として考えアイデアを出し合う必要があるのではないでしょうか。
例えば「今日はイベントだから作業時間の確保が難しい!」という日は、気軽に他の飼育員に仕事をお願いできるような職場作りや、あの人の体力だとこの仕事量は体への負担が大きすぎるから調整しようという配慮などが必要ですね。
みんながそれぞれわがままを言うのではなく、園として、全体として最適化できる組織の作り方必要となるので、動物の事ばかり勉強していないで、チームビルディングや組織マネジメントなどの分野に関しても興味を持って勉強してみるのもいいかもしれませんね。
さいごに
飼育員という仕事はとても楽しい仕事です。動物が繁殖すればうれしいし、来園者が動物を見て笑顔になっているのを近くで見ることもできます。
しかし、危険と隣り合わせであるのは確かなです。
自己防衛できることは、自分で取り組み、園全体で構築していく必要がある事柄に関しては、飼育員一丸となって対策を議論しながら安全な動物園を作っていきましょう。
なんだかんだ色々と書きましたが、動物園の飼育員は全部ひっくるめたリスクを飲み込んで、覚悟を持って楽しく仕事をしようよね、というお話でした。