動物がいる空間に突入する直接飼育②
アパートの下の階の人が旅行にでも行っているのか、部屋がとても寒いです。
早く帰ってきて暖房をつけてもらいたいと真剣に願っている鈴木チキンです。
本日のテーマは昨日に続いて【直接飼育】に関して書いきます。
動物園の飼育員といえば、動物と仲がよさそうなイメージありますよね?
ところがどっこい、相手は飼育しているとはいえ野生動物。
仲良くなることは基本的にありません。
もちろん、人を受け入れる個体もいるにはいるのですが、「なんだこいつ、やってやろう」と考えているであろう、気の抜けない個体がほとんでです。
動物園では毎年、動物との接触事故によってケガをする飼育員もいますし、中には死亡してしまう痛ましい事故もあります。
そのような事故の話を聞いたときはいつも「あ~そうだよね、ありえるよね」と思ってしまいます。
そのような事故が起こりやすいのが【直接飼育】。
飼育員がどのようなことを考えて動物たちのいる空間に入っていくのかをご紹介します。
おさらい
前回の記事で
動物の状態をつくる
動物の感情を理解する
という内容をお届けしました。
動物がいる空間に突入する直接飼育① - 飼育員になりたい君へ
この二つは動物の内側に関して飼育員が事前に考えるべき事柄です。
本日は、実際に動物と対峙した時に飼育員側が考えるべき内容となります。
動物と対峙した時に考えること
私は以下の3つに関して考えます。
- 逃げ道の確保
- 動物との間合い
- もしもの時の対応
順番に見ていきましょう。
逃げ道の確保
飼育員が直接、放飼場に入るときには作業のために入ります。
掃除をしたり、水を変えたり、餌を与えたり。
あっちこっちに移動しながら作業をするんですね。
そして、動物も当然、自由にあっちこっちに移動しています。
その時に何も考えずにボケ~っと作業をしていると、最悪、飼育員が隅っこに追いやられて動物に取り囲まれてしまう、ということがありえるんですね。
そうなると、大変です。
もしその時に動物に向かってこられた場合、そのままやられてしまいます。
ですので、常に動物の位置を確認しながら、とっさの出来事に対応できる「逃げ道」を常に確保しておく必要があります。
「逃げ道」にもいくつか種類があって、障害物で動物と距離をとるパターンや動物が進みにくい地形に逃げ込むパターンなどがあります。
そのような選択肢をいつでも選べるように動物の位置を計算しながら動きを決め、その逃げ道を確保できないのであれば、いま行おうとしている作業を後回しにするなどの選択が必要となります。
動物第一。追っ払ってまで今やるべき必要のある作業などほとんどないんですね。
動物があっち行ってからやろう、ぐらいの心の余裕は常に持っておきたいものです。
動物との間合い
動物と飼育員の間には絶妙な間合いが存在します。これは動物種によって少しづつ変わっていきます。
先ほど紹介した「人間が逃げることができる間合い」と「動物が嫌だと感じる間合い」は違います。
それぞれを理解しておくことで、危険性は大きく下げることができます。
「動物が嫌だと感じる間合い」に入ることで威嚇や攻撃といった行動を引き出されますので、それぞれの動物がどう感じるのかを日頃からリサーチして理解しておく必要があります。
間合いのレベルとしては
―――距離が遠い―――
- 気にしない
- 様子を見る
- ゆっくり離れる(威嚇)
- 走って離れる(攻撃)
―――距離が近い―――
のようなグラデーションがあります。
これもまた、その日の状態や感情によって少しづつ変わりますので気は抜けません。
動物と接しているとなんだか仲良くなれたような気持になることがあります。しかし、相手は野生動物。決して心を許してはいけません。
最悪・・・が常にあるという意識で動物との関係を作っていかなければ、いつの日か大事故が発生してもおかしくない。ということを心に留めておきましょう。
動物に近づく方向
これは間合いの中に分類されることですが、動物にどちらの方向から近づくか、というのでも変わってきます。
- 動物の頭に向かって近づく
- 動物のお尻に向かって近づく
当然リスクが少ないのは2.のお尻に向かって近づくこと。
お尻側からなら人間に攻撃を加えるときには、体勢を向きなおす→攻撃になります。
頭側からなら、そのまま→攻撃、というのが可能になるので、頭側かお尻側かは意識的に認識して行動しましょう。
ただし、お尻からこっそり近づいて動物をびっくりさせてはいけません。
普段からお尻側から飼育員が近づいてきても、嫌なことがないということを動物に知っておいてもらうことで、もしもの時に一拍の間を作ることができ、事故を回避することが可能となります。
もしもの時の対応
もしも・・・本当にもしも・・・といいながら、僕としてはそこそこ起こるな~と思っている、実際に動物がやる気で向かってきたときの対応です。
先ほど挙げた「逃げ道」を使うことができなかった時の最期の手段です。
本当は使わないようにできるのがベストですが、毎日動物飼育をしていると、0%にすることができない「もしも・・・」は確率的に起こってしまいます。
そんなときのために事前にどうするかは決めておきましょう。
私が動物と「もしも・・・」向き合うならば、
- 目力で圧倒
- 変な音
- 緩急をつけた動き
当たりが引き出しに入っています。
目力で圧倒
ぜんぜんお勧めできない方法です。力技です。
野生動物に目を合わせるな!と聞いたことがあるのではないでしょうか?
「目を合わせる」というのは闘いのスタート。ですのでニホンザルなどでは劣位の個体は順位が高い個体と目を合わせることを基本的にしません。
ケンカを仕掛けてきた動物に対して、飼育員自ら目をギラギラさせて一歩も引かない姿勢を見せる。
動物に「・・・やめておくか」と思わせる作戦です。
ただしこの方法は、最悪普通に動物に攻撃されます。当たり前ですね。
ですので、この方法のようなドストレートではない変化球も選択肢も準備しておきましょう。
変な音を出す
動物が「やるぞ!」と向かい合ってきたときに、口でチューチュー音を鳴らしてみましょう。
すると動物は「えっ、なに?」と聴覚に集中します。
気をそらせるんですね。
口でチューチュー鳴らすのが恥ずかしいのであれば、ホイッスルを携帯しておいて思いっきり鳴らしてもいいかもしれません。
特に普段から聞いていない音を鳴らすことで、完全に気がそれます。
この方法は結構おススメです。
動きに変化を
その他の変化球としては、「変な動きをする」というのもあります。
ストレートよりではあるのですが、キュキュッと機敏な動きを動物に見せると「んっ、やるのかこいつは・・・」と動物は感じますし、動物が理解できない変な動き(体をゆっくり体を横に向けたりして動物が認識できる物体としての形を変える)をするのも動物のリアクションが変わります。
基本的には動物自身が理解できないモノに近づくのはリスクがあるから様子見するよね、という考え方です。
このあたりは動物によってリアクションが変わりますので、平穏な日々の中で少しづつ試しておいて動物の反応を理解しておきましょう。
最後に
少し古いデータではありますが「動物園のつくり方入門 動物園学」という本の中で
アメリカ合衆国労働統計省の記録では、どの職業よりも極端に死亡率の高い職業である。600名のゾウのトレーナーに基づくと、その死亡率は333/100,000である。1967年から1991年の間に死亡事故が15件。年に約1名が死んでいることになる。
という事実があります。現在は、ある程度は改善されていっているのではないかと思いますが、こういったリスクのある仕事が動物園の飼育員です。
日本の統計データを目にしたことはありませんが、当然同じように事故が発生しています。
根本的に無理があるのかもしれません。
しかし、それでも動物園の飼育員の仕事は命を懸けるだけの価値のある仕事だと個人的には思っています(死なないように全力は尽くしますが・・・)。
事故が起こらないように常日頃から準備を怠ることなく仕事に取り組む必要があるのは理解しておきましょう。