嬉しい、楽しい、けどしんどい動物繁殖
本日は「動物の繁殖について考えていたら自分の本心に気づいて笑っちゃった」という内容で記していきます。
動物園の飼育員をしていると「仕事でどのようなことが楽しいですか?」と取材で聞かれることが多いのですが、記者さんが求めている回答みたいなのがあって「やっぱり動物が生まれるのがうれしいですね」と答えざる負えない場面があります。
そんなことを何度も経験していき、「なぜ相手の作ったストーリーにのっかっているんだ?」「自分の素直な気持ちはなせばええやんけ」と勝手に整理して「やっぱり動物を幸せにすることですかね」と答えるようになり、抽象的過ぎて記者さんが「?」的な顔をするので、「具体的には動物たちの生活を豊かに・・・」のような受け答えをするようになってしまいました。
正直、動物の繁殖はうれしさより心配が勝るんですね。どんなに自分ができることをやり切ったとしても、トラブルを完全に0にすることができません。なので素直に繁殖=うれしいって答えることができないんですね。
また、「動物の繁殖」というのはひとつの出来事でしかないと思っています。一つ一つの細部ではなく、動物の一生が豊かである→その一つに繁殖も正常に行うことができる、というのが私の思う動物園の飼育員の仕事なのではないかと。
- 動物の一生が豊かである→繁殖を正常に行うことができる
- 動物の一生が豊かである→環境エンリッチメントが充実
- 動物の一生が豊かである→健康に配慮された生活
といったトータルでの管理こそが飼育員の本質的な部分なのではないかと思います。
本日は、繁殖をテーマにいろいろと思考していきたいと思います。
繁殖とは?
動物園での繁殖には種類があります。
- 自然繁殖(介添え哺育含む)
- 人工繁殖
- 人工哺育・人工孵化・人工育雛
それでは一つ一つ見ていきましょう。
自然繁殖
自然繁殖という言葉は、少し不自然ですよね。動物園という飼育環境ならではの言葉になります。自然界で自然繁殖以外の繁殖は当然ありません。動物園だからこそ、飼育員がいるからこそ「自然」以外の選択肢が登場します。
自然繁殖とは、自然に繁殖する、つまりその種の親が、出産や産卵を自ら行い、親自身が仔育てをすること指します。家畜動物とは違い、野生動物は基本的にすべての繁殖活動を自身のみで行います。ですので、飼育員のできることはある程度限定的です。
動物がいかに出産、産卵に集中することができるか、仔育てをするのに集中できる環境を作ることができるか、というのが飼育員の仕事です。動物種によって必要な環境が違い、また飼育している動物舎もそれぞれの動物園で違いますので「これをすれば絶対大丈夫」といった答えがあるわけではありません。飼育員としての経験に基づいた勘とスキルが繁殖の成績に大きくかかわっていきます。
また、繁殖のためにさまざまな工夫も集積されています。
聞いた話で、ツル類はオスの生殖器をメスに挿入せず、精子をメスの生殖器に目掛けて射精します。その時に受精の可能性を少しでも上げるために、メスの生殖器周辺の羽を切り(!?)、生殖器を丸出しにして繁殖に臨む、という試みもあるようです。
どのくらい確率が上がるかなどのデータは全く覚えていないのですが、メスにとっては大変迷惑な話です。しかし、飼育員は大まじめに、真剣に何とか繁殖してもらいたい一心で、あの手この手を考えている取り組んでいるエピソードですね。
介添え哺育
類人猿で多いのですが、出産まではしても母親が仔育ての仕方がわからず、育児放棄してしまう場合があります。
そのような場面を想定して、事前に動物と同じ空間に飼育員が入ることができる関係を構築しておき、仔を母親の乳首に誘導して吸い付かせる、など母親が子育てのスタートするための援助を行う方法です。
ここでそのまま母親が育児をすれば自然繁殖に繋がりますし、母親が育児をしなければ仕方なく人工哺育に切り替えます。
人工繁殖
僕も勘違いをしていたのですが、「人工繁殖」と「人工哺育」や「人工育雛」は違うんですね。昔、獣医さんに教えてもらいました。広義の意味では一応「人工哺育」や「人工育雛」も含まれるようなのですが今回は別々に区分していきます。
人工繁殖とは
という技術的なアプローチで繁殖を目指していく方法です。繁殖適齢期の動物が複数年ペアリングしても繁殖しない、といった自然繁殖が望めないと判断した場合に取り組みます。
この分野は、飼育員と獣医さんと連携して取り組む必要があります。主体としては飼育員というより獣医さんが担う分野です。主体は獣医さんだとしても、自分の飼育担当動物が繁殖するという目標を達成するために、飼育員は動物の健康管理や行動観察記録といった日常管理をしっかりと行い、獣医さんとじっくりと協議・協働しながら進めていきたいものです。
人工哺育・人工孵化・人工育雛
人工哺育は哺乳類で、人工孵化・人工育雛は鳥類で、飼育員の手で仔育てを行う繁殖方法です。人工孵化は孵卵器と呼ばれる機械で卵を温めて孵化させること、人工育雛はヒナを育てることです。
人工哺育・人工孵化・人工育雛のデメリットとして、大人になったときに自然繁殖ができない可能性が出てくる、他園館で受け入れ先が見つからないといったものがあります。
人工哺育・人工育雛で育った個体が、自然繁殖を正常に行うことができない、と一概に言うことはできません。私も人工保育の個体が立派に自然繁殖をしている姿を何度も見ています。しかし、その可能性は人工保育・人工育雛は自然繁殖より高まります。基本的には自然繁殖が第一選択肢で人工哺育・人工孵化・人工育雛は第2選択肢となります。
また、上記の要素もあって、他の園館が受け入れを行わない、ということも考えられます。当然受けいれる園館は、動物が繁殖すること、繁殖する確率が高いことを望みます。そうなると人工哺育・人工育雛で育てた個体は、自園で一生飼育する可能性が出てしまう、というのも事前に考え、計画しておかなければなりません。
人工哺育・人工孵化・人工育雛に取り組むのにはいくつかのパターンがあります。
- 母親の育児放棄によって
- 繁殖技術と知見を獲得するため
- 補充卵を活用した個体数増殖を目指すため
母親の育児放棄
基本的には自然繁殖を飼育員は望みますが、初産などであると動物が行うことができない可能性は十分に考えられます。そこで、出産や産卵前から、人工哺育・人工育雛の準備をして備えておきます。
準備としては哺育器、孵卵器、育雛器のセッティング、給餌用の餌の選定と手配、過去の知見の収集といったことを行っておきます。
準備をしておいて使用しないがベストです。往々にして怠けて「まぁ大丈夫だろ」と油断しているときに人工哺育・人工育雛を行わざる負えない状態となり、バタバタで準備するということが起こってしまうので、油断せずに確実に準備をしておきましょう。
繁殖技術と知見の獲得
こちらは動物園だからこそでき、知ることができる貴重な情報を集める繁殖技術の確立のための研究的要素が強い人工哺育・人工孵化・人工育雛です。
野生動物の野外研究では、仔がどのように成長し、生育するにはどのような餌と環境が必要か、というのを調べるのは非常に困難です。
動物園では図らずもそういったデータを採取することが可能です。成育データを得たり、適切な成育環境や餌を突き止めたりできます。
このような人工哺育・人工孵化・人工育雛の繁殖技術を確立しておくことによって、将来的にその種の人工哺育・人工孵化・人工育雛を行うときや近縁種の参考データになります。
また、将来的に絶滅危惧種になってしまい是が非でも繁殖して数を増やさなければならなくなった、そのような状態になってから繁殖技術を集積し始めていては間に合いません。事前に繁殖技術を確立しておくことで種の保存に貢献することが可能となります。まぁ、絶滅危惧種にならない、が最善ですがね。
補充卵を活用した個体数増殖
こちらは人工孵化・人工育雛の技術を用いた個体数増殖を目的とした効率的な繁殖方法を目指す試みです。繁殖技術と知見を集め、確立した次のステージですね。
一部の鳥類には卵が割れてしまった場合「補充卵」と呼ばれる卵を産みたす行動があります。
この性質を利用して、最初に産卵した第1クラッチの卵を取り上げ、鳥に「卵がなくなった!また産まなきゃ」思わせ、第2クラッチにまた卵を取り上げて「うそ!またないじゃん(ごめんよ・・・)」、第3クラッチ・・・と産卵させ、1シーズンで本来であれば1クラッチ分の産卵しかしないところを、2倍3倍の数を産卵させる方法です。これにより、効率的に個体数の増加を図ります。
この時に、人工育雛で育てているヒナはその種本来のコミュニケーションの方法を親から学ぶ機会がありません。その対策としてローテーションで親鳥が育てている自然繁殖個体と交換して学習する機会を作る試みも行われています。
おわりに
飼育員として、最も動物と密度高く過ごすのが人工哺育・人工孵化・人工育雛です。
飼育員として本当にスキルが試される場面なんですね。なんせ自分の一挙手一投足が動物の命に直結し、自分の未熟さで動物を殺してしまう結果になってしまいます。
だからこそ本気で、必死になって動物と向き合う時間なので、個人的には飼育員の仕事の中でもっとも魅力的だと感じています。
あ、記者さんのストーリーのまんまじゃない笑
ただの天邪鬼笑
環境エンリッチメントの具体的な取り組み
本日は「環境エンリッチメントの具体的な取り組みについて整理していたら反省した」という内容を記していきたいと思います。
以前の記事で「環境エンリッチメント」の目的と種類の整理を行ないました。
環境エンリッチメントを整理してみた - 動物園の飼育員になりたい君へ
今回は整理した各エンリッチメントには具体的にどのような試みがあるのか、という情報を集め集約します。
まずは復習
環境エンリッチメントは以下の5つのカテゴリーですね。
社会的エンリッチメント
認知エンリッチメント
空間エンリッチメント
感覚エンリッチメント
採食エンリッチメント
では、それぞれ具体的に見ていきましょう。
社会的エンリッチメント
社会的エンリッチメントは、他個体や他種個体、人、物質などの外部からの刺激になります。
具体的には
【他個体からの刺激】
単独で飼育→群れで飼育
混合飼育として異種個体を入れる(異種個体を入れる場合は、地上、水上、樹上など生活する環境が異なる動物種にすると、空間利用の棲み分けが起こりやすい)
【人との関わり(を増やす)】
飼育員からの手渡し給餌
ハズバンダリートレーニング
来園者がスマホに画像を提示してもらい動物に見せる
来園者側に井戸ポンプがあり、動かすと放飼場から水が出る
暑い夏に霧吹きを設置し、動物に向かって来園者に霧のプレゼントをしてもらう
【人との関わり(を低減する)】
カモフラージュネットで来園者にのぞき込んでもらう
カーペットを敷いて来園者の足音を少なくする
【物質との関わり】
鏡の設置
ぬいぐるみを投入
デコイの設置
といったことが考えられます。
群れ飼育に切り替える、混合飼育に切り替える、は獣舎ごと改修が必要になったり、動物の搬入が必要であったりするので、思いついてぱっと取組む事は難しいかもしれません。
飼育員として社会的エンリッチメントを取組むのであれば、「人との関わり」の部分からスタートするのが良さそうです。
現在、ハズバンダリートレーニングは多くの園館で導入されており、知見も貯まっています。残念ながら私自身はハズバンダリートレーニングに取組んでいないので、まだ情報を整理していないですし経験もないので、これから情報収集を行いタイミングを見て取り組んでいきたいと思っています。選択肢の一つとしてハズバンダリートレーニングのスキルを持っておくのはこれからの飼育員には必須科目になるかもしれません。
認知エンリッチメント
その動物が持つ認知能力(頭を使う)を引き出す機会を提供するための取り組みです。
具体的には
パズルフィーダー
ハズバンダリートレーニング(社会・認知)
【新しい経験】
新しい食べ物(ジャム・サバ缶・シリアル・虫・ゼリー・無塩ポップコーン)
新しい物(iPad・新規フィーダー・鏡・写真)
未知の匂い(ハーブ・エッセンシャルオイル・デオドラントスプレー・ハチミツ水・石鹸・わさび)タバスコ・香水
水の加工(麦茶・氷)
といった試みがあります。
ハズバンダリートレーニングと鏡は早くも2度目の登場ですね。このように一つの試みが、いくつかのエンリッチメントとして同時に効果があるものもあります。
少しレベルが高いもので、薬効を持つかもしれないいくつかのハーブ類のような幅広い植物種を与え、動物たちに自己医療の機会を与える、という選択肢もあります。これに関しては深く情報収集をしていないので何ともですが、人の漢方に関して知見を深めていくともしかしたら良いかもしれません。
「新しい」に関しては、動物にとって安全である、というのが必須条件です。
どのようなものを取り入れることができるかは、日頃からアンテナを立てて、イメージするのが大切です。カラーバズ効果(ある一つのことを意識することで、それに関する情報が無意識に自分の手元にたくさん集まるようになる現象)を意識的に活用して選択肢を見つけ出す努力も必要となります。
空間エンリッチメント
動物の行動特性が発揮できる空間づくりによるエンリッチメントです。
具体的には
【空間構成】
天井の活用(檻場であれ葉のついた枝を設置し、中から取れるようにする)
棚、はしご、見晴台といった空間を立体に使えるように
遊具
水場
雨よけ
背こすり用丸太
どろ浴びができるぬた場
隠れ場所としての穴、巣穴
ねぐらやハンモック
床材の種類(砂、土、バーク、落ち葉、乾草、シュレッダー後の紙、ゴムマット、人工芝)
【空間環境】
温度、湿度、光量、風
【空間利用】
夜間は放飼場と寝室を両方利用できるように
といった試みがあります。
空間エンリッチメントに関しては、飼育員としての腕の見せ所でもあります。多様な空間利用は動物たちが暮らす生活を如実に豊かにしていきます。
動物のことをたくさん観察して、「こういった構造にしたら動きが変わるかな?」とイメージし、実際に製作して設置していきます。他の園館での取り組みを参考に思いっきりパクるのもいいですね。いいものはどんどん取り入れていきましょう。
ここで重要なのがその行動を「動物が選べる」ということ。
高い場所がある、ひんやりした床がある、日陰があるなどなど、動物がそのときの気分で、どこで何をするかを動物自身で選べることができることこそが、飼育下という限定的な空間の中で動物たちの生活を豊かにするためには非常に重要です。
掃除が楽だから全面コンクリートでいい、は飼育員として思考停止に陥ってしまっています。
とある類人猿での研究(メモなので文章は変です)では、
コンクリートが衛生的?→排泄物がたまってくると、多くの霊長類は床を使わなくなる。
ウッドチップを厚く敷くと、コンクリートむきだしの場合より、床面の利用度が増加。遊びの時間は増加し、敵対行動は有意に減少。
衛生上懸念されたような細菌の増殖もなく、むしろ細菌は減少していったし、6週間そのままでも、むきだしで1日使用した場合より臭気が少ない。
といった研究で明らかになっていることもあります。
飼育員のために動物がいるのではなく、動物のために飼育員がいるのです。疲れようがなんだろうが動物の生活を豊かにするために妥協するようではいけません。
体をムキムキに鍛えましょう。
感覚エンリッチメント
人でいう「五感」に対してアプローチをするエンリッチメントです。
具体的には
【嗅覚】
同種の匂い
異種の匂い(匂いつき乾草、尿、ライオンの放飼場に夜間ヤギを放す、肉食獣と草食獣を交互に展示)
その他の匂い(ハーブ、エッセンシャルオイル、デオドラントスプレー、ハチミツ水、石鹸、わさび、タバスコ、香水、ペパーミント、ローズマリー、バニラ、オレンジ、モモ)
【聴覚】
ジャングルの音や穏やかな音楽
他園の同種個体の鳴き声
ヒーリングミュージック
クラシックミュージック
【視覚】
見晴らしの良い高い場所を作る
鏡を設置する
モニターで動画を流す
触角は空間エンリッチメントで、味覚は採食エンリッチメントを参照のこと
受け取る側である動物の感覚を意識して環境エンリッチメントを考えていきます。人間本意でエンリッチメントを行なってばかりいると動物にとっては効果的ではない状態になってしまいます。
人間はとかく視覚を第一に考えてしまいがちですが、動物からみた重要度は、嗅覚、聴覚、触覚、視覚の順番が重要です。
エンリッチメントを作っていくときに優先的に嗅覚、聴覚を刺激していきましょう。
聴覚に関する研究として
京都大学霊長類研究所の須田らによる音楽を使用したエンリッチメントの取り組みがある。これは、京都大学霊長類研究所のリサーチリソースステーション育成舎で飼育されているニホンザルに、クラシックやヒーリングミュージックを聞かせたもので、聞かせた個体群においては、対照群に比べ、威嚇、追い回し、および闘争のすべての行動が音楽を流した条件で減少した。また、音楽を流しているときに、多くのニホンザルが音源に近い場所で互いに近づいて滞在した時間が比較的長かったというものである。
というのや、視覚に関する研究として
チンパンジーやそのほかの動物あるいは人間のビデオを10個体のチンパンジーに見せた結果、提示されていた38.4%の時間モニターを見ていた。一個体でいる個体のほうが見ている時間が長かった。行動自体に変化はなかったが、それに時間を費やしたことはエンリッチメントとして役立つだろうということが示された。
という研究も出ています。
上記の取り組みは研究的に取り組まれているもので、あまり動物園で行われているのを聞いたことはないのですが、取り入れていくのもいいかもしれません。
以前どこかの動物園のアジアゾウの飼育舎で現地のキーパーが働いていて東南アジアの音楽が流れていました。来園者にアジアの雰囲気を伝えるとともにゾウにとってもいい試みだったのかな、と思っっています。
採食エンリッチメント
野生本来の採食行動を発現できるようにしたり採食の方法のバリエーションを増やす工夫をするエンリッチメントです。
具体的には
【新しい食べ物】
ジャム、サバ缶・シリアル・ピーナッツバター(無塩)・ハチミツ・ヨーグルト・ゼリー(血)・無塩ポップコーン・生き餌、虫、
【バリエーションとタイミング】
週ごとに規則を変える
1、2週に1度、特別な果物や野菜をあげる
給餌のタイミングを変える
自動給餌器を設置する
【採集難易度を上げる】
丸太にドリルでたくさんの穴をあけてピーナッツを詰める
ウッドチップなどを敷いた中に餌を隠す
編み目の細かい餌カゴに乾草を入れる
小さな穴の開いた少しずつペレットが出てくるフィーダーを設置する
【餌を加工する】
夏期、果物などを冷凍して与える
凍らせたジュース
ゼリー化
水を麦茶に
採食は動物にとって非常に取り組みやすいエンリッチメントです。思いついて取り組み始めたら効果がすぐにわかるので、エンリッチメントを行い始めはとりあえず採食エンリッチメントからスタートして、徐々にほかのエンリッチメントを導入していくのもいいかもしれません。
また、方法のみではなく、給餌の質として
霊長類の給餌内容はたいてい栄養価が高すぎ、かさがあって繊維質で低カロリーの飼料が不十分。葉はいつでも食べられるようにすべき。
飼育下で与えられる果物や野菜は、野生下で食べている食べ物よりも繊維分が少ないことが多い。繊維質の多い食べ物を与えることで、ゾウの活動時間が増加したり、ゴリラやチンパンジーなどでは吐き戻し行動が減少した
ということがことが報告されていたり
肉食獣では、精肉されたものでなく骨や毛皮などがついた屠体を与えることで、採食時間の延長、常同行動の減少、休息時間の増加
や
草食獣では、餌の中の食物繊維の量を増やせばキリンでの口唇性常同行動を減らすことができる。
という情報もあります。
加えて
コントラフリーローディング
飼育動物にすぐに食べられる食べ物と手間をかけないと食べられない食べ物を同時に与えた時に、わざわざ手間をかけないと食べられない方を選ぶ
という動物の特性も把握しておきましょう。
エンリッチメントのアイテム例
色々なエンリッチメントが複合的に入っているのですが参考までに
大型ネコ科
・動物の皮、足、ブタ/シカ/家畜の頭
・植物(ヤシの葉状体/タケ/バナナの葉/ブドウのツル)
・シカの角
・段ボール
・鳥の羽根
・紙管(顔の大きさより小さいもの)
・ブーマーボール(またはスプール)
・もみの木(クリスマスツリー)
・霊長類もしくは小型哺乳類が使った枝やウッドチップ
・トウモロコシの茎
・血付きの餌
・餌入りの氷球
・活魚・草藪、鉢植え
・血のゼリー
・固ゆでの卵
・餌入りの氷・メロン、ヒョウタン、カボチャ
・大腿骨
・ピーナッツバター、ジャムやゼリー、ハチミツ
・丸太、切り株・香水
・飼料袋
・アライグマ、シカ、ヘラジカの尿(アメリカで市販されているらしい)
・松ぼっくり
・ラット、マウス、ウサギ(生死を問わず)
・あばら骨
・爪とぎ用の木
・砂場(おそらく排泄用の場になる)
・スパイス、ハーブ(ロシアンセージ、ミント、クミン、ナツメグ、キャットニップ、クローブ、バジル、オレガノ、ローズマリー、ローズヒップ、バラの花びら、オールスパイス、シナモン、パンプキンパイ用スパイス、ペパーミント)
・雪、角氷・ミスト
・有蹄類の使ったワラ、乾草
・電話帳、新聞紙
・鶏のと体(丸ごと)
ホッキョクグマ
・漁具(ブイ各種)
・ガス管 バケツ
・ロードコーン 竹筒 丸太
・消防用ホース
・香水 香辛料(シナモン、バジル、ナツメグ)
・活餌(ウサギ、モルモット、ニワトリ)
・活魚(ウグイ、フナ、ニジマス、アジ)
・他種
・他個体の糞
・床材(川砂、土、藁、チップ、落ち葉)
・ポリタンク
・ローリータンク タイヤ※ワイヤーに注意が必要
・ホース 湯たんぽ 麻袋
・ダンボール 塩ビ管 枝
・氷 牛骨 豚骨 古いボール・古いバケツ
といった選択肢があったりします。簡単に手に入って、長持ちし、費用は無料かごくごく少額で、動物にとって危険性がなく、動物にとって魅力があるようなものをどんどん探していきましょう。
エンリッチメントで気をつけること
再三「動物にとって安全で」ということを記してきましたが、最後にやはり重要なので整理します。
気を付けるべき点は
エンリッチメント装置をめぐって個体間の闘争につながることもある
動物の年齢や経験によって、消化能力や適応能力などが異なるので、個体や状況に合わせる
急激な変化ではなく、ゆるやかに変化を加えていく方が安全
サイズや形状によっては、体の一部がはまってしまったり、動物が誤飲
といった部分に関しては、気を付け、イメージし、選択していきましょう。
しかし、重要なのは危険だ危険だ、と何もしないことは決して動物のためにならないです。リスクを把握し、チャレンジではなくスキルとして実施することができる飼育員としての能力が必要です。
経験をしながら、どんどん能力を高めていきましょう。
最後にこれらの環境エンリッチメントを行うことで、動物たちの「不幸せ」を明確に理解して本日のブログは終わりにします。
異常行動とは?
異常行動とは動物たちがその環境で暮らしている中で本来持つ能力を発揮することができなかったり、やることがなく暇な時間が多かった場合に発現する行動です。動物たちにとっては「不幸せ」である証拠となります。
例えば
これといった目的もなく同じ行動を続ける「常同行動」
繁殖行動ができない、子育てができないなどの「繁殖障害」
脳が正常に発育しない、正常な体重増加が見られないなどの「発育障害」
ケンカが多い、異常に相手を攻撃するといった「社会的問題」
不必要に糞を食べる、尿をなめる、食べたものを吐き戻す、自傷、自分の毛を引き抜く、過度の発声、自分の尾を追いぐるぐる回る、他の動物の尻尾を噛む、土や砂を食べる、床や壁などを過剰に舐める
などの行動があります。
これらの行動を動物にさせてしまうのはすべて飼育員の責任です。動物たちには空間を選ぶ選択肢がありません。その環境を受け入れる以外にないのです。
ですから、飼育員はこういった異常行動が発現してしまわないように環境エンリッチメントを含めた環境構築を行い、発現してしまった場合にいかに改善できるかどうかに取り組む。
これは飼育員として大きな課題です。
この問題をクリアできなければ動物園という場所は存在し続けないほうがいいと判断される未来が来るかもしれません。
覚悟を決めましょう。動物を幸せにすると。その一点に関しては絶対に妥協しないと。
おわりに
偉そうなことをいろいろと書きましたが、自分自身の戒めのためにも今回の整理は必要だったな、と感じています。私もぜんぜんまだまだです。
もっともっと情報を集め、考え、行動しなければいけませんし、終わりなど永遠にない課題です。
動物たちが幸せであることが、来園者の心を動かす一つのきっかけになるはずです。
野生動物たちが暮らしている環境は悪化の一途をたどっています。その自然環境を持続可能なものにするために、動物園の動物たちは知り、考え、行動するきっかけとなってもらえる可能性があります。
動物園にはまだまだ可能性があります。
どういった動物園の未来があるか、じっくり考えながらいろいろとチャレンジしていきたいものです。
環境エンリッチメントを整理してみた
本日は、「環境エンリッチメントについて整理してみたらもっと勉強しなきゃと再認識した」という内容を書いていきたいと思います。
環境エンリッチメントという言葉は、おそらく飼育員を目指しているのであれば聞いたことがあるのではないでしょうか。
本記事と次回の記事で環境エンリッチメントについて整理し、具体的な取り組みに関して記していきたいと思います。
まずは、環境エンリッチメントの概略からです。
環境エンリッチメントとは?
環境エンリッチメントの上位概念として「動物福祉(アニマルウェルフェア)」というものがあります。動物福祉とは、感受性を持つ生き物として飼育動物や家畜をとらえ、快適な環境の中でストレスを減らし、人も動物も幸せな関係を結ぼうという概念です。
動物福祉には「5つの自由」が定められており、
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み・傷害・病気からの自由
- 恐怖や抑圧からの自由
- 正常な行動を表現する自由
といった事柄を守る飼育の仕方を行ないましょうという趣旨です。
当然、動物園で飼育している動物たちにとっても、上記の自由は保障されてしかるべきでしょう。この5つの自由の中で環境エンリッチメントは「正常な行動を表現する自由」に該当する試みに分類されます。
環境エンリッチメントの目的
環境エンリッチメントの目的は、「飼育動物の“心が幸福な暮らし”を実現」ということになります。
具体的には
- 野性と同様の行動を行える
- 環境の肯定的な利用が多い
- 活動性と行動の多様性が高い
- 望ましくない異常な行動が無い
といったことが実現することができることによって「飼育動物の“心が幸福な暮らし”を実現」することになります。
この目的を達成する為に目標として、
- 飼育動物に選択の余地を与える
- 飼育動物に刺激を与える
- 飼育環境に変化を与える
という目標を目指した取り組みを行ないます。
目的と目標の違い
目的というのは、読んで字のごとく「目指すべき的」、つまり最終的に成し遂げようと目指す到達点を意味します。
一方、目標は「もくひょう」とも読めますし「めじるし」とも読めますね。つまり「目的を達成する為に設けためじるし」です。
目標①と目標②と目標③をクリアーすることによって、目的が達成することができる、といった関係です。
環境エンリッチメントでいうと、野性と同様の行動を行え、環境の肯定的な利用が多く、活動性と行動の多様性が高く、望ましくない異常な行動が無い「飼育動物の“心が幸福な暮らし”を実現」(目的)するために、飼育動物に選択の余地を与え、飼育動物に刺激を与え、飼育環境に変化を与える(目標)ことによって達成する、といった具合です。
マクロの視点から、動物たちの現状を把握し、足りない部分を補うまた改善していく為の目標を設定して目的に向かって仕事に取組む必要があります。そうしなければ、ぜんぜん見当違いなことに時間を費やしてしまうことになってしまうので注意しましょう。
環境エンリッチメントを整理
続いて、環境エンリッチメントというのはどのようなものがあるのか整理していきます。
環境エンリッチメントは現在、以下の5つのカテゴリーで整理されています。
- 社会的エンリッチメント
- 認知エンリッチメント
- 空間エンリッチメント
- 感覚エンリッチメント
- 採食エンリッチメント
となります。
では、それぞれどのような試みかを見ていきましょう。
社会的エンリッチメント
社会的エンリッチメントは、他個体や他種個体、人、物質などの外部からの刺激になります。
群れ飼育もその一つです。群れの大きさや性比、年齢比などが適切に構成された群れは、種特有の行動の発現や繁殖能力の発揮につながります。行動的には、子どもと遊ぶ、グルーミングを行なうなどの行動が社会性のある行動となり単独で飼育していては行うことができない行動です。
また、混合飼育によって異種の動物がいることで、ある種の緊張感を作り出すことも効果的です。緊張感というとネガティブに聞こえますが、だらけて過ごすよりも、「あ、あいつ動いた、移動しなきゃ」という刺激は、飼育下という刺激の少ない空間であれば非常にポジティブな刺激となります。
また、ハズバンダリートレーニングは人との関わりに関する外部刺激となり、社会的エンリッチメントに分類することができます。
認知エンリッチメント
その動物が持つ認知能力(頭を使う)を引き出す機会を提供するための取り組みです。動物園では、目の前にただただ餌が置かれる単調な飼育環境になりがちです。知能の高い動物にとっては、頭を使うことも心豊かな生活に必要です。複雑な動きをするおもちゃの設置や、遊具の導入設置の他、本格的な認知実験を行なう場合もあります。
ハズバンダリートレーニングは、社会的エンリッチメントであると同時に認知エンリッチメントの一つでもあります。環境エンリッチメントの中には、一つの試みにより動物の生活を複数の切り口から豊かにする試みもあります。
空間エンリッチメント
動物の行動特性が発揮できる空間づくりによるエンリッチメントです。動物種で、樹上、水上、地上と生活する場所がちがい、さらに行動する時間、昼行性や夜行性などの違いがあります。そういったそれぞれの動物の特性を発揮できる空間作りを行なう試みです。
空間の中には時間軸も含まれ、例えば夜間は寝室のみで過ごさせるのではなく、放飼場に行くことも可能でどうするかは動物が選べる、といった類いの試みもあります。
感覚エンリッチメント
人でいう「五感」に対してアプローチをするエンリッチメントです。人間は感覚器での知覚は8割が視覚で行なっています。しかし、動物によってそれぞれ感覚器の使用割合がちがい、人間目線で取組んでしまうと、動物の感覚器の優先順位とマッチしない場合があります。
動物のことを思い返してみれば、匂いを確認する、異音を警戒するなどの行動を当然のように行ないますよね?動物目線に立って、どのような感覚を刺激するのが効果的か、または、どの刺激を軽減するのが動物にとって幸せか、といった形で取組みます。寒さや暑さ、涼しさ、暖かさ、といった温度変化を感じることも感覚を刺激するには重要ですね。
採食エンリッチメント
野生本来の採食行動を発現できるようにしたり採食の方法のバリエーションを増やす工夫をするエンリッチメントです。野生動物の多くは、一日の大半を採食に費やします。動物園では、ペレットなどで効率的に栄養を補給できる反面、採食時間が極端に短くなりがちです。
暇な時間が増えてしまうと、過剰なグルーミングや常同行動などの異常行動が発生してしまう場合もあります。
餌の種類を増やしたり、与え方を工夫したり、回数を増やすなどの工夫など、取組む事で目に見えた効果が観察できるモノが多いので積極的に取り入れていきたいエンリッチメントです。さまざまな動物園で趣向を凝らした試みが数多く行なわれているので参考にしてどんどんパクりましょう。良いものは良いんです。
おわりに
環境エンリッチメントは個人的に非常に好きな仕事です。なぜなら自分が行なった試みがすぐに動物たちの生活に関わり、ダイレクトに動物たちの反応という結果が出るので、『やってよかったな~』を実感しやすいんですね。
飼育担当者はある程度担当動物を選ぶことができますが、動物たちは担当者を選ぶことができません。どのような動物の担当になったとしても、その動物の事を幸せに、豊かにしてあげることができるのは担当飼育員しかいないんですね。
飼育員として、どのような動物でも必ず幸せにする気概とスキルを持ち合わせましょう。そのために日々勉強し、実験し、改善していく終わりのない仕事が動物園の飼育員です。
群れ飼育を因数分解して、収容するスキルを考える
本日は「群れ飼育の飼育作業と収容に関して書いていたら最終的に頑張れ!と叫んでいた」という話をします。
群れ飼育は、環境エンリッチメント(後日、記事を書きます)の社会的エンリッチメントとして行います。野生環境において群れで生活をする動物にとって、他個体との社会的な関わりがあるということは当然メリットが大きいです。
その反面、群れ飼育ならではの難しさもあります。
群れ飼育の構造に関しては前回の記事を ↓
見てもらいながら、今回は実際の飼育作業や寝室への収容に関して考察していきます。
群れ飼育の飼育作業
群れ飼育の飼育作業に関してケースを整理してみると
直接飼育/収容アリ
直接飼育/収容ナシ
間接飼育/収容アリ
の3つが考えられます。
間接飼育/収容ナシは、それって動物園の飼育なの?野公園的な感じ?とイメージがつかなかったので省きます。
軸としては直接飼育軸と収容アリ軸の二つです。直接飼育軸の群れ管理と収容アリの群れ管理をそれぞれみていきましょう。
直接飼育の群れ管理 ニホンザルを例に
「直接飼育/収容アリ」と「直接飼育/収容ナシ」は「直接飼育」に関していえること+群れ要素です。
直接飼育と間接飼育に関してはこちら ↓
動物がいる空間に突入する直接飼育① - 動物園の飼育員になりたい君へ
動物がいる空間に突入する直接飼育② - 動物園の飼育員になりたい君へ
間接飼育と命を守る事故対策 - 動物園の飼育員になりたい君へ
直接飼育の記事と重複する部分もあるのですが、
適正な給餌
作業の順番
が直接飼育の群れ管理では大切になってきます。
今回は基本的にすべてニホンザルの群れ飼育をイメージしながら読み進めていただけるとありがたいです。
適正な給餌
群れ飼育での適正な給餌とは、
劣位の個体も十分に採食することができている状態
になります。
群れ飼育なので個別の採食量というのは把握することが不可能です。そこで優位個体はどうか?劣位個体はどうか?とざっくり見ながら特に劣位個体に注目していきます。
適正な給餌量を維持できると
・劣位個体の健康と安全が少し守れる
・飼育員の安全が少し守れる
ということに繋がります。空腹だと優位個体の攻撃性が上がってしまうんですね。
攻撃性が上がると優位個体が劣位個体に対して攻撃する機会が増えますし、飼育員に対しても攻撃してくる可能性が出てきます。「少し」と表現したのは、影響はあるけれどそこまで大幅に効果があるわけではないので一つの要素として捉えておきましょう。
では実際に群れ飼育の給餌量を決定していくプロセスを見ていきましょう。
①残餌は?
朝一番に確認です。
残餌にもグラデーションがあって、
・全くなにも残っていない
・茎などあまりおいしくないものが残っている
・メインの食べ物が少し残っている
・ほぼすべて残っている
といったことがあります。ほぼすべてが残っているは、「引っ越しをした」など特別なパターンなのでほぼありません。
ではどこを目指していくべきでしょうか?
全く餌が残っていない場合は、
ぴったりちょうどいい
劣位が食べれていない
の2パターンが考えられ、これは残餌量だけで判断することができません。
劣位個体を観察する中で、それぞれの体形や活発性などの情報収集をして、総合的に判断していく必要があります。少し安心できるのは「茎などあまりおいしくないものが残っている」パターンですね。劣位の個体もおいしくないものまで食べるほどは飢えていない証拠です。
しかし、「直接飼育/収容ナシ」の場合はそれでいいのですが、「直接飼育/収容アリ」の場合は、「茎などあまりおいしくないものが残っている」では入ってこない場合があります。ある程度空腹感がないと寝室に入ってこなく、けっこうシビアなんですね。なので一概に「茎などあまりおいしくないものが残っている」パターンだからいい、ということでもありません。
次項の【収容アリの群れ管理】で収容のための工夫を書きます。
②動物の反応は?
給餌をしたときに動物の動きをよく見ましょう。
群れ全体がたらたらゆっくり食べに行ったら、それは空腹感があまり強くない証拠です。逆に群れ全体で猛然と餌にダッシュして奪い合うような場合は空腹感が強い証拠。
ニホンザルの場合であれば、優位個体がたらたらゆっくり食べに行き、劣位個体がダッシュで食べに行く、という状態が現実的に群れを管理する観点から行き着くことができるベストな状態だと思います。
このあたりは、毎日の変化、季節の変化を計算に入れながらモニタリングして決定していく必要があります。基本的には最適解は動物が持っています。動物のことをよく観るのは飼育員として非常に重要ですので、意識的に取り組みましょう
作業の順番
直接飼育ですので作業を行う順番も意識しないといけません。
空腹状態の動物のいる空間にエサを持って入っていくというのは、当然動物との距離感が近くなります。その時によくあるのですが、飼育員が餌をあたえる「いつもの場所」みたいなものを作ってしまうと、そこまで飼育員は餌を持っていこうとしてしまいます。すると動物にとって「いつもの場所」までの間は「お預け」状態になり、空腹イライラはより高まってしまいます。
そのイライラが臨界点を突破した時に「いつもの場所」までの間に飼育員と動物との接触事故が発生してしまうのです。「いつもの場所」にこだわるのは意外と危険です。また、給餌の前に掃除をしようと考えるのも飼育作業優先の考え方です。
順番としては
①攻撃される可能性のある動物の場合は、なによりまず餌を与える
②危険な場合は、動物と極力接触しないように投げ入れる、檻越しで入れるなどを選択する(1/3程度はその方法で、残りは直接放飼場に入って設置するのはOK)
③動物が餌を食べている間または食べ終わって満腹になってから掃除などの飼育作業をする
というのが、安全を考えたうえでの順番になります。
事故は人にとっても動物にとってもいいことはありませんので、極力発生しないように、動物の要求を考えながら順番を組み立てて作業をしましょう。
収容アリの群れ管理 ニホンザルを例に
続いて「直接飼育/収容アリ」、「間接飼育/収容アリ」の「収容」に関する部分です。
こちらは群れ要素が強い内容ですね。
まずは何のために収容するのか?です。一つに収容する習慣づけをしておくことによって、ケガをした個体が出た場合にスムーズに対処することができる、というのが大きいです。最悪、飼育員にたくさん集まってもらって力技で寝室に入れることもできますが、極力スムーズに対処できるように寝室に入るように毎日の習慣としています。
群れ飼育での収容の基本原則として動物が寝室に入る動機は「餌が寝室にある」からその一点です。寝室に遊具を設置したり工夫を重ねていくら豊かにしても、群れであれば劣位の個体が入ろうという動機にはなりえないんですね。
また、担当の飼育員が変わって動物が警戒して入らない、担当者が動物が嫌な行動を行ったから入らない、といった要素も考えられますが、私の経験上いろいろと考えた結果「最終的に腹が減ったらどんなことがあっても寝室に入る」というシンプルな結論に落ち着きました。
そこで群れ飼育での収容は、餌の質と量を精度高く管理・コントロールして動物を寝室に収容する、ということになります。
さらに直接飼育軸では、個体の様子を観て給餌量を決定する話をしましたが、収容軸では個体の様子に合わせて給餌をしながらそれでも毎日収容する、というミッションですので劣位の個体の健康を維持し、優位個体の行動をある程度コントロールするのは当然で、それを行ったうえで毎日収容するというそこそこ高度なスキルが必要となります。
そこで群れ飼育での収容に関して重要なのは
順位によって採食量が変わるのを前提に劣位の個体も食べれてる工夫
ということが必要になります。
では実際にどのような工夫をすることができるかを見ていきましょう。
順位によって採食量が変わるのを前提に劣位の個体も食べれる工夫
工夫として私が意識していたのが以下の3点です。
餌をばらまく範囲
餌の多きさ
採食難易度
それぞれ見ていきましょう。
①えさをばらまく給餌範囲
餌が一カ所に固まっていると、優位個体が独占してしまいます。餌を奪って優位個体に攻撃されるのを恐れて食べようとしないんですね。そこで餌を置く範囲を極力広げるというのが必要になります。
その際、寝室の天井が網状であれば、その上にエサを置く、という風に利用可能面積を広げる視点も必要です。檻の外に餌かごを設置して手を伸ばして食べるようにするのもいいですね。単純に広くばらまくに加えて、そういった工夫をできる限り行うことで、劣位個体にも十分に餌が食べられる給餌範囲を作り出します。
②餌の大きさ
なんとなく、劣位個体のために小さく切って与えてしまいたくなりますが、私としては小さく切ることにメリットはないと考えています。
どこで知ったか忘れてしまって、メモしか残っていないのですが
飼料をそのまま動物に与えることが、エンリッチメントを向上させることが実証されている。細かく切ったり、皮をむいたりすると、飼料は乾燥しやすく、栄養素、特にビタミンを失いやすい。飼料を細かく切ることによって、細菌やその他の汚染にさらされる表面積を増やすことにもなる。
という情報と、これもどこの情報だったか・・・
社会的な群れとして飼育している動物に給餌する場合は飼料を細かく切らないと、優位個体が好きな試料を優先的に食べてしまい劣位個体は栄養的にバランスのとれた飼料を採取できないと心配するが、実際には、研究の結果個体の総飼料摂取量には差がなかったことが示された
という研究結果を知ってから、当然群れの個体数が多ければ、餌の個数的な部分はある程度確保しますが、基本的に大きめにカット、またはまるまま給餌するようにしています。
③採食難易度
これは①で出てきた天井の檻を利用した給餌の工夫も含まれますがが、食べるのにひと手間かかるように工夫することで、優位個体の採食に時間がかかっている間に、劣位個体が食べる時間を確保するのが狙いです。
例えば、
かごの中においしいものを入れる
隠れるような床材に餌をばらまく
などです。
また、優位個体は体が大きく重いことを利用して、優位個体が行きにくい、または行けない空間を作って劣位個体に給餌する方法もあります。過激なものとして電柵で囲ったスペースを作り、劣位個体は頑張って突破するけれど、優位個体はそこまで頑張らないから行かない、という方法も聞いたことがあります。
電柵がいいのかどうかは置いておいて、それぐらいの工夫を行えば、劣位だ優位だで悩まずに、群れ全体を豊かな状態に持っていくことができるということです。
おわりに
いや~今回のテーマは非常に重く、記しながら迷子になり、結果迷子のまま、まとまったか?とはてなのままの投稿となりました。非常に勉強になりました。自分が行っている仕事を文字にすると客観的にどういうことかを改めて考える機会となっていろいろと再発見するがありました。
動物種によって変わりますが、基本的な群れに対する向き合い方に関しては自分が知っていることはすべて出しきれたかな、いや、まだあるかも・・・。
昔の飼育員は職人気質で、こういったことも先輩方は教えてくれなく、自分の頭をフルで使って考えて、実験して、習得していくしかありませんでした。個人的な私の考えとしては、誰かが経験して考えたものは後輩はさっさと理解して、そこをスタートにして、そんでもってもっと深みに突っ込んでけ!よりよく良くしてくれよ!と思っています。
これから飼育員になる方は、動物のために今ある情報程度のモノはさっさと手に入れて一生懸命自分だからこそできる動物を豊かにする工夫を頑張れ!!
群れ飼育を因数分解して、整理してみた
本日は「群れ飼育は、なんだかんだ難しく感じるけど、動物にとってはいいことだから一生懸命食らいつこう」という話をします。
群れで飼育する動物とはどのような動物がいるイメージですかね?
ニホンザルやチンパンジーなどのサルの仲間は群れ飼育をする場合が多いですし、シカの仲間であったり、最近ではゾウも群れで飼育する園館が増えてきました。
群れ飼育は、環境エンリッチメントの中で「社会的エンリッチメント」の一つの選択肢です。
その動物の野生下での生態に近づける試みとして、群れで暮らす動物は群れを作って飼育する。
その動物がもつ社会的行動を引き出すことになり、豊かな生活を実現することに繋がります。
もちろん、群れで飼育する場合は、気をつけなければ逆に動物を不幸を招いてしまう場合もあるんですね。
「群れ」というものの構造から飼育作業を含めて、考えていきたいと思います。
群れ飼育
群れといっても動物がごちゃごちゃにいれば群れになるかというと、そういうわけでもありません。
「群れ」の種類と構成要素をまずは整理。
群れ飼育の種類
群れ飼育を含めて、放飼場に複数動物がいるパターンは3つです。
群れ飼育
野生環境で群れを構成する動物種を同じ飼育場所で複数頭飼育する方法
混合飼育
野生環境において生息域が重なる種同士や類似した生態環境に生息する種同士を、同じ飼育場所で飼育する方法
ごちゃごちゃ飼育(勝手に名付けました)
社会的エンリッチメントとして、同種でも、野生環境で生息域が重なる動物でもない、動物種同士を一緒に飼育する方法
「群れ飼育」と「混合飼育」はシンプルな構造なのでよしとして、ごちゃごちゃ飼育だけ補足を。
ごちゃごちゃ飼育はそれぞれの園館の考えで取り組む園もあれば取り組まない園もあります。
どのような動物の組み合わせかもバラバラです。
来園者が「ごちゃごちゃ飼育」を見て、動物の本来の生活からかけ離れたものを理解をしてしまい、教育的な観点から問題がある、と聞いたことがあります。
個人的に動物の幸せ第一主義の私としては「群れ飼育」と「混合飼育」、もしくは両方取り入れた飼育方法が理想的ではありますが、園の事情でその2つの選択が取れない場合、飼育している動物の生活がより豊かになるのであればごちゃごちゃ飼育も悪くないと考えます。
誤解が生まれないように展示物などで必死こいて言い訳すればそこそこ理解してもらえるのではないかなと。
本来群れで暮らす動物を飼育するのであれば
群れ・混合>群れ>混合>ごちゃごちゃ>単独
という順番になるのではないかなと考えます。
群れで暮らす動物が単独生活するのは、やはり選択肢としてなかなか厳しい。
しかし、劣悪な環境で飼育されていた動物を緊急保護のような形で単独飼育で受け入れることになったとしたら、少なくとも今までより幸せになるのでそれは一つの選択です。
そうなったら担当飼育員が精一杯動物を幸せにするために一生懸命やれるだけのことをすればいいだけです。
ファイヤーしましょう。
追加でひとつ。
どの動物も野生環境で「群れ」で暮らしているわけではないんですね。
そういった動物は単独で飼育してあげるのがその動物の野生環境での生活を再現することにつながるので、単独で飼育します。
たまに、『ひとりでかわいそう』っと来園者の方が言っているのを聞きますが、そういった生態で、そういった意図があって単独で飼育していることが伝わるような看板などを設置する必要があります。
ただ、混合飼育は単独性の動物であろうと実現することができるので、その動物にとってどのように飼育方法を変化させることができるか、を常に考えてチャレンジしていきましょう。
また、野生環境で単独で暮らすオランウータンをヨーロッパの動物園では群れで飼育していました。
あんなゴリゴリのオスとメスと仔が一緒の空間(もちろん大分ひろい空間)にいることができるのは、日本ではなかなかお目にかかることができない光景で衝撃です。
しかもいくつも動物園を見て回ったら多くの動物園でオランウータンの群れ飼育をしているのです。
オランウータンに関しては類人猿として、単独での飼育より群れでの飼育のほうがメリットが大きいと判断しているのでしょう。
あまり固定概念にとらわれてしまったらだめですね。
先日ニュースでコロラド州にあるデンバー動物園で母親が急死した仔のスマトラオランウータンを血縁関係は無いがオスが子育てしている記事を見ました。
ケースバイケースで最善の手は変わっていくので、臨機応変に動物の幸せ第一で取り組んでいきたいものです。
群れの構成要素
続いて群れ飼育をする上で、その群れの構成を見ていきましょう。
年齢
群れで複数頭飼育すると、仔どもから高齢固体までをさまざまな年齢の個体を飼育することになります。
個体の成長ステージはざっくり以下の3つ。
成長期
維持期
高齢期
成長期は成長していくために給餌量を増やす。高齢期は健康のために給餌量に配慮が必要。
では、成長個体と高齢固体が両方いる群れの場合はどうしましょう?このジレンマは非常に悩ましいものです。
群れ全体の給餌は成長期に合わせつつ、高齢期個体には特別メニューを給餌する、採食の時だけ高齢固体を隔離する、冬など代謝コストがかかる時期だけ高齢固体を隔離するなどの選択肢が必要となります。
ケースバイケースとなりますので、その都度脳みそから煙が出るくらい考えましょう。
オスメス比
群れ飼育をしていて生まれてくる仔は基本的にオスなのかメスなのかは半分半分の確率であると思います。
が、面白いもので多くはどちらかの性別に偏るんですね。
動物種によってはその環境(食べ物や群れの順位)でオスメスを生み分けている種もいるようです。
偏るとなかなか頭を悩まします。
しかし、こればかりは生まれてきてからでないとオスメスはわからないので、ほかの園館に動物を移動させるなどを柔軟に対応していくしかありません。
順位
ニホンザルやチンパンジーなどであるのですが、動物によっては順位というものがあり、その順位にあわせた飼育方法が必要になります。
例えば、餌を与える場合、シンプルに順位が高い個体がたくさん食べて、順位の低い個体は食べれる量が少なくなるんですね。
ジャイアン(優位)からのび太(劣位)はお菓子を奪えない構図です。
っというものだというのを理解したうえで、ジャイアン(優位)の目が届かない範囲まで餌をばらまく、採食難易度を上げてジャイアン(優位)も採食に時間がかかるので他の個体に干渉できない、といった工夫を行い、のび太(劣位)が十分に食べられる環境を実現するしかありません。
ここも飼育員としての腕の見せ所です。
本日はここまで。
続きもつらつら書いていたら文字数がとても多くなってしまいましたのでひと区切りしておきます。
次回は群れ飼育での飼育作業を具体的に見ていったら、最終的にやっぱり事故対策に行きついた話をします。
お楽しみに
間接飼育と命を守る事故対策
本日は「間接飼育は比較的安全だけど、一歩間違うとやっぱり重大な事故が起こっちゃうよね、対策しなきゃ」という話をします。
以前の記事で「直接飼育」に関して書き記しました。
動物がいる空間に突入する直接飼育① - 動物園の飼育員になりたい君へ
動物がいる空間に突入する直接飼育② - 動物園の飼育員になりたい君へ
直接飼育は、動物の空間に入っていくので、一歩間違うと動物と接触して動物に噛まれる、蹴っ飛ばされる、角で刺されるような人身事故が発生してしまうから、いろいろと考えて対策をとらないと危ないよね、という記事です。
人身事故を経験はしたくないものです(もう二度と・・・)。
では、「間接飼育」はどうでしょうか。
「間接飼育」では、動物のいる空間には入りません。
例えば朝、動物が寝室に入っていれば、放飼場や別の寝室に移動させてから動物がいた寝室の掃除を行ないます。動物と直接接触するタイミングはありません。
しかし、基本的な動きとしては接触する機会はないのですが、一つリスクがあります。
カギのミスをしてしまうと間接飼育だとしても動物と接触してしまう、しかも重大な事故に繋がってしまう可能性があるのです。
そのような事故が起こらないように、間接飼育の解像度を上げながら対策を含めて考えて行きたいと思います。
間接飼育とは?
間接飼育とは猛獣類であるライオンやトラ、クマなど同じ空間に入ることができない動物で実施される飼育方法です。
物理的に動物と同じ空間に入らないので、動物に対するアプローチは基本的そこまで多くはありません。
その中でも動物に対して取組む事ができるアプローチとして
1.餌の質、量、与え方の決定と工夫
2.飼育空間の構築
あたりが、今私が思いつく取り組みです。
餌の質、量の決定
間接飼育では、基本的な動きとして動物に寝室→放飼場、放飼場→寝室という動きを行なってもらう必要があります。
そのためにもやはり、動物の状態を把握しながら、要求を感じ取り、季節の変化を考えて日々調整し、動物の健康管理に配慮していく必要があります。
動物達には寝室に入れば餌がもらえる、だから寝室に入ろう、というのが多くの猛獣類で取られている間接飼育の飼育方法です。
しかし、課題もあります。
動物たちは空腹状態であると、常同行動(同じ場所をうろうろ歩き回る異常行動)の頻度が上がってしまいます。
そのために、朝に一日分の餌を給餌してしまうという選択肢もあります。
しかし、それでは寝室に入る理由がなくなってしまいます。
そこで常同行動を抑えながら寝室に入ってもらう飼育空間に対してアプローチを行ないます。
飼育空間の構築
飼育空間は基本的に2つ、寝室と放飼場です。
放飼場の空間構築は、「環境エンリッチメント」というテーマを書き記す時に詳しい内容は取っておいて、本日は寝室の空間構築について少しだけ。
動物園は基本的に日中の時間に開園しています。動物たちは8時間程度を外の放飼場で過ごし、室内の寝室でおよそ16時間過ごします。
時間で言えば、寝室で過ごしている時間の方が圧倒的に長いのですね。
ここはしっかりと把握しておくべき部分です。
飼育員として行なう仕事が、動物の一日をトータルで考えていくと、どれくらいの割合で関わってくるか。
よく行なわれる試みには給餌のフィーダーがあるのですが、給餌というのはとても時間が限定されているものです。
効率で話すものではないですし、もちろんどちらに関してもアプローチを行なう必要がありますが、寝室で過ごす時間が長い動物であれば、寝室に関して試みを行なう方が動物にとってよっぽど幸福度が上がるのではないでしょうか。
この動物の一日をイメージして取り組みを進める、という考え方は非常に大切になりますので覚えておきましょう。
寝室にはたくさんの遊具があり、壊せるモノ、取り組める仕掛けがたくさんある。また、寝るときにはハンモックや草のふかふかのベッドがある、など寝室に行く理由が明確にある状態を作り上げる必要があります。
そういった飼育をすることができれば、動物たちの幸福を高めつつ、飼育管理する上で寝室に収容することができるようになるのではないでしょうか。
と、いうことを考えながら間接飼育を行なっていくのですが、間接飼育の基本ベースの話として「カギのミスをすると事故が起こる」、「人間は必ずミスをする」ということを知っておかなければなりません。
動物園の大きな課題 カギ問題
動物園で起こる重大な事故として猛獣類の人身事故があります。それ以外の事故としては、脱柵(逃げること)や落下(動物舎などの高い場所から飼育員が落ちること)などがあります。
猛獣類による人身事故の原因の多くが、扉にカギを掛け忘れたことが原因で発生します。
人というのは忘れる動物なんですね。ミスは必ず起こります。
ここで考えるべきは、「ヒューマンエラー」なのか「システムエラー」のどちらなのか、ということ。
ヒューマンエラー
ヒューマンエラーとは、個人としてのミスです。簡単なミスとしては、プールの水をためていて貯まったけど蛇口を閉めるのを忘れた、放飼場にチリトリを置き忘れた、電気を消し忘れたのような類いのミスです。
もちろんここに、「カギをかけ忘れた」というのが入ってきます。
そこで飼育員に成り立ての頃は、危険性の少ない動物を担当することが多く、そこで経験を積み、カギに関する習慣付けを行ないます。
一日に10回も20回もカギを開ける、カギを掛けるという単純な動作を繰り返し、それを何年にもわたって行う事で、『ん、カギ掛けたっけ?』と気づく、それで確認しに行ったらカギがかかっていた、のように無意識的でも必ずカギを掛けてしまう体にしていきます。
これはもう数をこなしてそういった体を作っていく以外にはありません。
そして、もし自分にミスが多いな、と感じていながらそれに対して対策を行なわないのは、「ミス」ではなく「さぼり」です。
必ずどうすればミスを減らすことができるのか?その対策にはどのようなものがあるのか?を常に考えて解消していきましょう。
自分の命もそうですが、同僚の命、ひいては来園者の命を守るためにも必ず身につけなければならない能力です。
システムエラー
このように個人個人として必ず「カギをかけ忘れない」という習慣をつけていたとしても、それでも事故が定期的に起きてしまう獣舎があります。
一人ではなく複数人が起こしてしまうミス、それがシステムエラーです。
これは個人でがんばる類いのことではなく、組織として対策を取らなければなりません。
特にカギに関しての事故は、一度起きてしまうことで取り返しのつかない結果が起こりえます。
そこで、どのような構造でカギを忘れて事故が起きるのか、そのための対策にはどのような方法があるのか、を整理してみます。
動物舎の構造と事故のパターン
動物舎は【寝室⇔間仕切り⇔動物の通路⇔間仕切り⇔放飼場】という構造が多いです(文字だけで非常にわかりにくい表現で大変申し訳ありません)。
そして、動物と接触してしまう事故のパターンとして
1.寝室に動物がいるのに扉を開けてしまうパターン
2.動物を放飼場に出したときに、飼育員が放飼場に出るための扉が開いていたパターン
3.動物を寝室に収容したときに、寝室の扉が開いていたパターン
4.動物を収容したと思い込んで、放飼場に出て行ってしまうパターン
となります。
一つ一つ分析し、対策を考えてみます。
1.寝室に動物がいるのに扉を開けてしまうパターン
このパターンは、大型の猛獣類のライオンやクマではあまり考えにくいパターンです。しかし、ヒョウなどであれば起こりえます。
原因として、寝室の中の視界が悪いと起こってしまう可能性があります。
そこで対策として、繁殖目的の時以外は巣箱や目張りを撤去して視界を確保する、ライトの光を確保する、といった環境にしましょう。
さらに扉を開ける前に必ず寝室内を確認する習慣を作り、動物がいないことを確認してから作業を開始しましょう。
2.動物を放飼場に出したときに、飼育員が放飼場に出るための扉が開いていたパターン
このパターンは実際に起こりえます。
朝、放飼場に餌を設置し、そのまま扉を閉めずに動物を放飼場に出してしまって起こる事故です。
対策としては、飼育員が放飼場に出る扉と間仕切りを連動させるのが効果的だと考えます。
理想的なのは①放飼場に出る扉を閉めると、①が完了していることで間仕切りを開けることができる、ように連動させてしまうことです。
3.動物を寝室に収容したときに、寝室の扉が開いていたパターン
寝室掃除をし終えた時に扉を閉め忘れ、そのまま動物を寝室に収容してまったパターンです。
こちらも対策としては2.と同様に前後の動きを連動させるのが効果的だと考えます。①寝室の扉を閉める①を完了していることで間仕切りを開けることができる。
さらにその連動する仕組みを補完する形で、寝室が開いているとパトランプが光る、シートベルトのように扉を開けると警告音が鳴る、などの2重の対策を行えば、よりミスが起こる確率を低減させることができます。
4.動物を収容したと思い込んで、放飼場に飼育員が出て行ってしまうパターン
こちらは夕方の最後の仕事を行なうときに起きてしまうパターンです。
対策としてはやはり、前後の動きが連動する①動物を寝室に収容する、①が完了していることで放飼場に出る扉を開けることができる、形が良いと思います。
寝室側に放飼場に出る為のカギを設置する方法です。寝室を覗き動物がいることを確認しておいてカギを取ります。
すべての対策に共通することとして、その対策のレベル感を意識する必要があります。
Lv1 扉や寝室の前に言って確認する
Lv2 かんぬき(扉と枠の双方を跨るように通す建具)を閉める
Lv3南京錠(カギ)を閉める
当然Lv3→次の行動、にできると事故の発生確率を相当下げることが可能です。
このあたりは知恵の輪のように構造を考える必要や専用の器具・機械を導入する予算との兼ね合いもありますし、スモールスタートでも良いので着実に改善していきたいものです。
人の命のためですので、妥協せずしっかりとした環境を構築して、安全に動物たちと向き合うことができる動物園を作っていきたいものです。
また、上記に記した内容は物理的な対策となります。
物理的対策に加え、飼育員の心理面での対策も必要です。
心理的対策
心理面とは具体的に、「焦る心」と「怠ける心」です。
「焦る心」とは?
【制 約】時間を決めた予定(ガイド・打合わせ・イベント・早退)
【忙しさ】たくさんの飼育作業
【緊急性】イレギュラーな出来事(治療・来客・電話)
「怠ける心」とは?
【疲 れ】 → 体 (まぁ大丈夫だろう)
【忙しさ】 → 体 (急いでいるからまぁいいや)
【焦 り】 → 心 (やばい、急がなきゃ、まぁいいや)
【慣 れ】 → 心 (いつも大丈夫だし大丈夫だろう)
【緩 み】 → 心 (明日休みだーー)
それぞれの要因を潰す、または影響を弱める方法は?ということを考え続け、改善し続けなければなりません。
人間はこういった状態になることを理解した上で、どのような職場の体制がベストなのか、 飼育員一人一人が自分事として考えアイデアを出し合う必要があるのではないでしょうか。
例えば「今日はイベントだから作業時間の確保が難しい!」という日は、気軽に他の飼育員に仕事をお願いできるような職場作りや、あの人の体力だとこの仕事量は体への負担が大きすぎるから調整しようという配慮などが必要ですね。
みんながそれぞれわがままを言うのではなく、園として、全体として最適化できる組織の作り方必要となるので、動物の事ばかり勉強していないで、チームビルディングや組織マネジメントなどの分野に関しても興味を持って勉強してみるのもいいかもしれませんね。
さいごに
飼育員という仕事はとても楽しい仕事です。動物が繁殖すればうれしいし、来園者が動物を見て笑顔になっているのを近くで見ることもできます。
しかし、危険と隣り合わせであるのは確かなです。
自己防衛できることは、自分で取り組み、園全体で構築していく必要がある事柄に関しては、飼育員一丸となって対策を議論しながら安全な動物園を作っていきましょう。
なんだかんだ色々と書きましたが、動物園の飼育員は全部ひっくるめたリスクを飲み込んで、覚悟を持って楽しく仕事をしようよね、というお話でした。
動物園でのガイドを真剣に考える
本日は、「動物園って楽しむ場所だけど、それだけではなく、動物のことを知ることができる場所だよね」っという話をします。
ちらっと聞いたことがあるのですが、アメリカの動物園では、キーパー(飼育員)、クリーナー(清掃員)、エデュケーター(教育係)と分業になっているそうです。
日本の動物園はどうでしょう?
近年は、役割分担が行なわれている動物園も多くなってきましたが、飼育員が兼任(キーパー・クリーナー・エデュケーター)しているケースも多いです。更に研究にも取り組んだりと・・・飼育員はなかなかやるべきことが多いのが現状です。
もちろん、分業になることでそれぞれの専門性が出て、良い面もあります。しかし、連携が難しい(キーパーは動物園にエンリッチメントとして段ボールをあげたいけど、クリーナーが掃除が大変になるから拒否する・・・笑)とのことで、すべてを一人で行なう日本の飼育員は、ある意味、自分やりたいことを好きなだけできる環境とも言えます。
その中で、本日はエデュケーター(教育係)としての飼育員の一面をご紹介します。
動物園の教育・環境教育
日本動物園水族館協会という組織があります。
そこは日本の動物園と水族館が任意で加盟している組織で、園館数は143園館にものぼります。総裁は秋篠宮皇嗣殿下という組織です。
ちなみに秋篠宮皇嗣殿下は「鶏と人」や「日本の家畜・家禽」「ナマズの博覧誌」など動物関連の書籍を多数出版されています。
その動物園水族館協会では、動物園には4つの役割があると定義しています。
1.種の保存
2.教育・環境教育
3.調査・研究
4.レクリエーション
この順番は日本動物園水族館協会のHPのままに掲載しました。
おそらくこの順番にも意図があるのではないかと思います。
これからの動物園の存在理由
動物園は長らく娯楽施設としての役割を果たしてきました。多くの動物園には遊園地が併設され、子どもたちが楽しむ場所としての意味合いが強かったのです。
しかし、社会も変わり娯楽の多様化や環境問題が取りざたされる昨今、動物園の存在理由がレクリエーション施設としてのみだけでは成り立たなくなっています。
もちろん、レクリエーション施設としての役割を果たしつつ、「種の保存」として環境保全活動を行ない、「教育・環境教育」として野生動物の現状を伝え、野生動物の保全につながることを「調査・研究」することで、動物園という場所がこれまで以上に重要な場所となれるように努めています。
動物園という場所は、動物が好きな人だけがくる場所ではありません。家族で、カップルで、旅行で、と様々な人が利用します。
そのような、特に野生動物に対して興味・関心が決して高くない層に対してアプローチすることができるのが、動物園の一つの特徴です。
これまで以上に動物園の動物たちを通して野生動物たちの現状を知ってもらい、考えてもらい、行動に繋げる為に「教育・環境教育」に動物園としてどのように取組んでいけるかどうか、が非常に重要な課題となります。
どのようなことをしているの?
動物園が行なっている「教育・環境教育」の一つに「ガイド」があります。
ここで一つ整理しておきたいことがあります。
「ショー」と「ガイド」はちがう活動です。
「ショー」とは、人に見せるための催し。「ガイド」とは、案内することです。
「ショー」の中で「ガイド」を行なうパターンもあります。
このあたりは、その動物園によって意識が変わってくるのですが、その動物の何を伝えるのか、何を見てもらいたいのかによって「ショー」なのか「ガイド」が変わってきます。
私個人としては意識的に「ガイド」を行なっています。つまり、動物のことを案内する。アメリカで行われているインタープリテーションという概念に近いイメージです(インタープリテーションに関しては後日記事にします)。
ですので、動物が本来持っている能力や社会行動といった「この動物のここがスゴいんだよ!」「ここおもしろくない!?」といったことをお伝えする、という部分とメインとして実施しています。
ガイドの内容
動物によって紹介する内容は変わりますが、主に
1.生態(その動物の暮らし)
2.形態(その動物の体の特徴)
3.進化(それぞれの環境で生きていくための能力)
4.野生下の現状
5.環境問題
6.私たちにできること
といったことをお伝えすることが多いです。
もちろん、ただただおしゃべりしているだけでは、足を止めてくれる人は多くはありません。
そこで、聞いてもらう、「伝わる」ための技術が必要になってきます。
表現方法を考える
ガイドを行なう際に私が意識しているのが、「対象」、「話法」、「視覚情報」、「ライブ感」です。
それぞれみていきましょう。
対象
ガイドをする際には必ず相手がいます。それが対象です。
その対象に合わせた方法を行なわなければ伝えたいことも伝わりません。
基本的には一般の方にお伝えする際は、小学校5年生以上が聞いて分かる内容にします。そこを基準にすることで、大人を含めた多くの方に分かってもらうことができるからです。
もちろん、幼児の団体相手であれば言葉を変換し、身近なものでたとえ話(ニホンザルのお尻には「しりだこ」っていうのがあって、これはおしりに座布団がくっついているみたいなものなんだよ、のように)を取り入れたりします。このあたりを柔軟に対応できるためにも準備と経験が必要ですね。たくさんガイドを行ないましょう。
話法
私もまだまだ勉強中ではありますが、冒頭は少し早口でお伝えし、一番伝えたい環境問題の部分は少しゆっくり話すなどの緩急を取り入れたりすることで伝わり方が変わります。
また、「間」というのも非常に大切です。大事なことをいう前に少し「間」を意図的に差し込んだりします。「なにか大切なことを言うぞ・・・」と相手に感じてもらうためです。
このあたりも実際に人の前に立ち、ガイドを行ないながら対象の反応を見ていくと、結果が変わっていきますので意識しましょう。
視覚情報
ガイドは基本的にお話をして相手に伝えますが、お話だけでは伝わりません。
環境教育の分野で有名な中国のことわざに一つ付け加えた
聞いたことは忘れる
見たことは覚える
やったことは分かる
発見したことはできる
という考えがあります。
聞いたことは忘れてしまうんですね。
それを前提として、では「伝わる」為にどのようなことができるのかをガイドを行なう私たちは真剣に考えなければなりません。
そこでKP法(紙芝居プレゼンテーション、後日記事にします)であったり、サイレントガイド(飼育員は喋らないで参加者にスケッチブックにお題「足に注目!」などを書いて、順番に参加者自身の目で発見してもらう方法)といった工夫が必要です。
また一つ整理しておきたいのが「伝える」と「伝わる」はちがいます。
「伝える」という言葉は行動です。
「伝わる」というのは結果です。
「伝える」のはごくごく簡単です。ただ喋っていればその目的は達成できます。
しかし、「伝わる」となると話は大きく変わります。自分事で考えてみれば分かりますが、他人の話を聞いて腹落ちすることなど多くありませんよね。
そのハードルを越えるためには必死になって考え、工夫する以外に道はないのです。
自分は「伝える」ために行なっているのか、「伝わる」ために行なっているのか、そのあたりをしっかりと考えてみましょう。
ライブ感
最後はライブ感です。
毎日のようにガイドをしていると、いつの間にか喋っていることが固定化されていきます。まるで録音した音声のようになってしまうのです。
もちろん毎日聞いている人は変わり、それでも別に問題はありません。しかし、それで本当に「伝わる」のでしょうか?
そこで私が大切にしているのが、動物の動きによって展開が変わっていくライブ感を活かしたガイドです。
動物があっちに行ったら「では、みんなであっちに行ってみませんか?」と聞き、「いこう」という声が聞こえたらそちらへみんなで移動する。
そして、そのとき動物が行なっている行動を紹介する、など臨機応変に内容を変えていくのです。
それはそのときその場所でしか体験することができない再現性のない内容。
そういった形で毎回、毎回を大切に目の前の人のために行う事が、私が思うに「伝わる」に繋がるのではないかと思います。
さいごに
一つ個人的にガイドに関して印象的な出来事を。
あれは夏だったと思うのですが、一生懸命に汗をかきながらガイドを行なっていました。その回には、最前線で最後までガイドを聞いてくれた小学校低学年ぐらいの女の子がいました。
その子は、ガイドが終わってから汗だくの私を見てハンカチを渡してくれました。
汗をだらだらかいている男を見て、かわいそうに思ってハンカチを渡してくれたのかもしれません。
しかし、私にとっては、話を最後まで聞いてくれた上に、ハンカチまで渡してくれた・・・小難しいことではなく、もっと漠然とした何かが伝わったのではないかと感じた瞬間でした。
親御さんに確認して、そのハンカチをありがたく受け取りました。
そのハンカチは今でも大切に保管しています。
一生懸命仕事をしていたら、必ず見ていてくれる人がいる。そう思えた出来事でした。
最初はなかなか上手くいかないことも多いかもしれません。
でも大丈夫。
動物と真剣に向き合い、本気でどうにかしたいと思い、工夫を重ねてコツコツ積み上げていけば「伝わる」ガイドを行う事ができるようになるはずです。
私もまだまだ、もっともっとできるように今日も考えながら前に進んでいきたいと思います。